産業構造転換には

 

産業構造転換には    2012年10月28日


 過去20年間、日本は低成長であり、デフレと円高の影響ももちろん大きいのですが、その反対側には「二重の経済」が日本の産業構造に温存されていることが指摘されています。 

 二重の経済とは、自動車、精密機器、製鉄など、海外にも通用する生産性の高い産業群と、その他の生産性の低い産業群が併存する状況であり、日本の問題は、生産性の高い産業群の割合が低いことと、かつ、新規に海外で競争できるような産業が生まれず、生産性の高い産業群も息切れを起こしてしまっていることです。

 なぜ生産性の高い産業群が生まれにくいのかというと、日本の政府が「低生産性産業保護政策」を中心とした産業政策を行ってきたためということです。

政策の軸において、「低生産性産業保護政策」から「競争基盤整備政策」への転換について考えます。


 私は、政府の産業政策もさることながら、日本の「人・物・カネ」の資源が、生産性の高い産業群を継続的に生み出す配分になっていないということが大きな要因であると思います。

 自動車、精密機器、製鉄等の産業は過去30年以前から存在し、付加価値を提供し続けている成熟産業です。

 日本は、現在も付加価値と雇用をこれらの成熟産業に頼っており、それに適した社会システムを運用しているため、その対極にある新規の産業を育成することが後手に回るのです。


(1) 人について   
 
 下記の表は、日本とアメリカの労働形態の比較です。 文科省均一型教育制度に始まり、年功賃金・終身雇用・企業別労組・健保保険料折半・確定給付企業年金等、ほとんどの制度効用が企業に属さないと享受できない属社的制度になっています。

 このような規格大量生産型企業を前提とした制度では、属人的にリフレッシュスタートすることがまったく困難であり、作業慣習を反復継続することしかできず、独創的思考は育ちません。

 日本人は、世界標準規格を利用して鋳型を作成し、それによる高品質・同等品を大量生産することにおいては世界に比類のない国民です。 しかし、その世界標準規格を自ら創設することができないということが、属社的制度の弊害です。

 また、日本の多くの企業が挫折して苦しんでいる原因のひとつが、異能人材を含む多様な人材を活用しきれていないことです。 一方で、多様な人材を積極的に登用し、個々の力を生かして事業を成長させる『ダイバーシティ・マネジメント』という考え方も徐々に浸透しつつあります。

 スティーブ・ジョブズ氏は「ハングリーであれ。 愚か者であれ。」と言いますが、現在の日本では彼のような人材が立ち上がることができません。 日本企業にはムラ社会的な価値観が根強く、変わるには相当時間がかかります。

          日  本         ア メ リ カ
卒業時期    3月               6月
新卒採用    基本的に一斉           随時
就職時期    4月               9月
終身雇用    基本的に存在           皆無
労働流動性   転職困難、経済的に損失      高い
退職金制度   基本的に存在、企業年金制度    401Kにより自己積立


(2) 物について

 生産性の高い産業群と言いますが、自動車、精密機器、製鉄等であり、ハード重視・ソフト軽視に変わりはありません。 人の問題と同様に、物についても世界標準規格をつくることができないのです。

 経営者が総じて短期的利益主義になるため、次世代をにらんだ製品開発が遅滞しがちであり、いつまでたっても「韓国を大きくしたもの」でしかないのです。 そのため、向こうが国策で補助金政策を取り始めると、たちまち国内はリストラ対応に陥るという繰り返しです。

 アメリカが次世代の製品開発に強味があるのは、NASA・軍事・航空・コンピュータ産業を独占状態に保っているためであり、常に世界最先端技術を保有することを必要とする環境が醸成されているからです。

 日本は、これらの産業が未発達のため技術競争意識が働きにくく、民生用の規格大量生産型産業が主体となりがちです。

 将来の成長に向けた布石として、以下のような社会インフラの構築と一体化した産業政策を推進し、パッケージシステムとして世界標準にするべきです。

1.次世代自動車(太陽電池パネル+電気ステーション+EV+高速道路ナビ)
2.太陽光発電
3.省エネ住宅
4.サービスロボット


(3) カネについて

 人・物の問題が大きいですが、ベンチャー企業に対するカネの流れも、産業育成に貢献していません。 銀行・ベンチャーキャピタル等も結局次世代産業の育成という命題には応えきれず、依然として担保主義が据え置かれています。

 グーグルが上場前に集めた資金は800億円、フェイスブックは1800億円です。 他方、日本を代表するネット企業でも、調達額は数億円から多くて数十億円です。

 生産性の低い産業には、雇用保護や環境・地域振興などの美名のもと、各種補助金や制度上の優遇措置がとられ続け、国全体の付加価値を下げてしまっており、日本がいま行うべき政策はむしろ、「競争基盤整備」のための政策だといわれます。

 確かに、国内に高付加価値産業が成長している間は低付加価値産業の救済余力はありますが、アジア諸国に高付加価値の生産性が追いつかれれば、値下げ競争のみとなり、その余力は減衰します。

 しかしながら、いきなり「低生産性産業保護政策」から「競争基盤整備政策」への転換は、雇用確保という点で不都合です。 アメリカにも農業・漁業はありますが、日本よりはるかに低価格で経営されています。

 事業仕訳を行いながら、低生産性産業といえども一国の存続を担保するために、必要なものは留保する必要があります。 そのような余裕を捻出するために、「競争基盤整備政策」への転換をしなければなりません。

 そのような経済構造の転換プロセスが遅滞しているがために、法人税収・所得税収とも増加せず、赤字国債を追加発行しなければ成り立たない財政状態となっているのです。
 
 私は、政府のやるべきことは、新規の産業育成が後手に回ることがないように、そして世界標準となりうる産業を育成できるように、それに適合する社会システムを構築・運用するべきであると思います。