Location : Home > Contemporary Files > 1999 Title : War Responsibility |
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政府・自民党は宗教法人靖国神社を特殊法人に改組し、第2次世界大戦のA級戦犯を分祀する方向で検討を始めると発表した。
野中官房長官は6日の記者会見で、
という方向で検討することを明らかにした。
このニュースを聞いて、複雑な心境になった。
まず、第2次世界大戦に関する、日本人による日本の戦争責任の追求という方向自体は望ましいと思うが、靖国神社の問題とセットで論じられ、しかもそれを分祀するという方向で解決しようとしている点には違和感を持ってしまう。
「戦争責任」とは誰が負うべきなのであろうか。
例えば、現在の(特に戦後に生まれた)日本人は、戦争の責任を背負うべきであろうか。そもそも背負うことができるのであろうか。仮に背負うべきだとすると、実際に戦争に荷担していない人間がその責任をどう負えばいいのか。また、背負うことができないとすれば、現時点では、誰がどのように背負えばいいのか。
責任を問うためには、その責任を負う主体を確定する必要がある。
それは当時の政府なのか。これなら、もはや解体している。
当時の政府を継承する現在の政府なのであろうか。しかしこれは、公式には、和平を結んだ時点で解決している。
日本民族そのものなのか。そうすると、第2次世界大戦での日本の交戦国のすべての国民が怒りをなくすまで、謝罪し続けるしかなくなる。それと先ほど書いた問題に直面する。
K.ヤスパースの『贖罪論』的な本が日本でも必要なのではないか。
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Updated : 1999/08/09
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