へんてこな名前ですが冗談ではなく、これは立派な病名です。英語では cat scratch disease (略してCSD)、日本語でも英語でも「そのまんま」の病名がついています。

猫ひっかき病とは?


ネコが引っ掻くようになる病気ではありません。ネコに引っ掻かれたり咬まれたりすることによって人間が発病する病気です。引っかかれた場所が腫れ上がったり、その場所の近くのリンパ腺が卵大の大きさに腫れ上がったりするものです。咬んだ犯人のネコたちにはほとんどの場合目立った症状は認められません。アメリカでは年間4万人が猫ひっかき病と診断されていると報告されています。日本ではまだ十分な調査が行われていないため実数はわかりませんが、動物病院ではネコの飼い主がこの病気の症状を訴えるのを聞くことがたまにあり、全国ではかなりの数の人が感染しているものと推測できます。

猫ひっかき病の歴史


この病気は今から50年以上も前の1950年にフランスのデブレという人が論文に記載したのが初めての報告です。原因は微生物によるものだろうとは考えられていましたが、具体的に何なのかは長い間わかりませんでした(私が学生のときには「リケッチャ」という病原体の仲間であろうと習いました)。この病原菌について詳しいことがわかってきたのは最近で、この10年くらいの間です。 HIV陽性患者の皮膚病変からこの病原体が見つかったことによってにわかに注目を集め、この病原体について調べる研究者も増えました。その結果1992年になってやっと、この病原体がバルトネラ・ヘンゼレ Bartonella henselae という細菌であることが特定されました。


感染のしかた


猫ひっかき病の原因菌であるバルトネラ・ヘンゼレはノミ→ネコ→ヒトという経路で感染します。どのようにして感染するか、まだ完全に解明されてはいませんが、ネコの血をノミが吸うときに病原体がネコの体内に侵入します。そしてネコが飼い主に咬みついたり、引っ掻いたりしたときに今度はネコから人間の体内へと病原菌が侵入するのです。 また、この病気にかかった人の約半数はネコに咬まれるか引っ掻かれたことにより発病していますが、あとの半数は咬まれたり引っ掻かれたりしていないのに、ネコを飼っているだけで発病してるという調査報告もあります(公立八女総合病院での調査)。私見ですが、これは飼い主が知らない間にネコのノミに刺されているためではないかと考えられます(ほとんどの飼い主はノミに咬まれてかゆくても、それがノミに刺されたためとは思わないのです)。だから病院を受診してもノミに刺されたと医師に報告しないのでしょう。この説が正しいかどうかは、さらに調査が必要です。この病気の病原体を運ぶノミは「ネコノミ」ですが、犬がこの病気を媒介する場合もあります。なぜなら現在、日本の犬に寄生しているノミはほとんどが「ネコノミ」だからです。



猫ひっかき病の症状


咬まれたり引っ掻かれたりした数日から2週間後に傷の場所が熱っぽくなって赤くなったり、腫れ上がったりします。膿をもったりかさぶたがはったりすることもあります。その数日から数週間後に熱が出て体がだるくなり、ほとんどの場合傷を受けた手や足の付け根のリンパ節が腫れ上がり、腫れた場所を押すと痛みます。ヒトによっては初期に起こる傷の炎症がみられずにリンパ節が腫れてくる場合もあります。時には切開や入院が必要になったり、視力障害や肝障害を起こすこともあります。免疫不全症の患者など、免疫力が低下したヒトでは「細菌性血管種」という独特の病変が出現することが知られています。



猫ひっかき病の予防

この病気の病原菌はノミが媒介します。また、ダニがこの菌を媒介する場合があることも知られていますので、最大の予防策はネコにノミやダニが付かないように心がけることです。簡単に出来ることですが非常に重要なことです。特にノミがたくさん付いた仔ネコから感染する比率が高いので、仔ネコにノミが付いている場合には必ずノミを駆除することが重要です。ノミとダニを予防する薬品は動物病院で入手できます。首輪タイプのものや液体を背中に垂らすタイプ(スポットオンタイプ)が選べます。ホームセンターや薬局で市販されているものでノミとダニを完全に防げるものはありません(残念ながらほとんどの製品はノミ駆除効果すらありません)。


かまれた人は病院へ、 かんだネコは動物病院へ!


緑ヶ丘動物病院では以前からネコにかまれた時にはすぐに病院へ行って薬をもらうように指導しています。この病気の病原菌に限らず、ネコの口の中にはさまざまな雑菌が存在しているため、傷が化膿する確率がきわめて高いためです。 すぐに病院に行って抗生物質を数日分処方してもらうえば傷が化膿することはまずありませんし、ネコひっかき病の発病もほとんどの場合防げます。かまれたり、引っ掻かれたりしたときに病院に行かなかったために不幸にして発病してしまったときや、引っ掻かれたわけではないけれど微熱が続いて体がだるくてしかたがないというようなにはすぐに病院(内科か皮膚科)を受診してください。医師は特徴的な臨床症状から診断を下します。ただ、診察にあたった医師の頭の中の「リスト」にこの病気がなければ正しい診断が下せず、腫瘍と間違われることもあります。この病気について詳しいことがわかってきたのは最近のことなので、 しかたのないことだとも言えます。ですから受診するときには必ずネコを飼っていることを伝えるか、「最近ネコひっかき病が問題になっているようですが・・・」と言えば調べてもらえると思います。健康なヒトの場合、猫ひっかき病は正しい診断と正しい治療を受ければ必ず治る病気です。人間の治療と同時にネコのノミを駆除することも絶対忘れてはなりません。ネコに対するアレルギーがなければ、そしてノミの駆除をきちんと行えば、猫ひっかき病にかかってもネコを遠ざける必要はないのです。


猫ひっかき病を媒介するネコが悪いのではありません。

悪いのはネコをノミから守ってあげない人間なのです!

猫ひっかき病の知識