Location : Home > Humanisphere > Eyes
Title : Say hello to Black Jack (1)
Site:Felix Logo
ブラックジャックによろしく(1)

 最近、佐藤秀峰の『ブラックジャックによろしく』(講談社)を読んでいる。このコーナーでもさんざんお世話になった(?)『海猿』の作者の作品だ。超一流医大を卒業したばかりの研修医・斎藤栄二郎をめぐる、病院・医学界・医師と患者の世界を描いた作品である。

 まあ、一般ピープルからすれば医者というのはがっぽり稼いでるように思ってしまうのだけれども、研修医(ま、早い話、医大を出て医師試験を通って医師見習してるって立場の人と言えばいいかな)ってのは給料が低い。作品の中の記述を信用すれば月給3万8千円。日給じゃないぞ。知り合いの医師にも聞いてみたが、まあ、そんなもんだと答えてた。こんなんじゃとても生活できない。というわけで、研修医の多くは病院の当直のアルバイトに精を出すことになる。斎藤も、ある日、とある病院の当直をすることにした。初日は牛田という医師と一緒に当直をすることとなった。次から次へと交通事故の患者が運ばれてくる。あわてて何もできない斎藤に次から次へと牛田は指示を出し、処置をしていく。斎藤牛田の腕と、緊急患者を断らない病院の姿勢に感嘆する。そんな斎藤牛田は現実を説明する。
 通常、医療行為に対する報酬は点数制で支払われる。それぞれの治療行為に対して点数が割り当てられていて、一律1点=10円で換算されて、請求される。そのうち何割か(この割合は加入している健康保険によって異なるわけだが、来春から引き上げられるようだ)を健康保険が支払い、残りが患者に請求される。ところが自動車事故の場合は、自動車損害補償保険から支払われ、治療行為を行った側が自由に請求してよい仕組みになっている。牛田のいる病院では1点=40円(つまり通常の4倍)の請求を行っている。斎藤は黙り込んでしまう。

 別の日、斎藤はまたその病院に当直のバイトに行った。今度は一人きりである。しかし、その夜にも事故が発生し、患者が運ばれてきた。内臓の各器官が破裂し、重症である。当然ながら斎藤はそんな患者を処置した経験などない。斎藤牛田に電話をかける。しかしねむりこけていて出ない。どうしていいかわからない斎藤は手術場を離れてしまう。見かねた婦長が病院の院長に電話をし、駆けつけた院長によって患者は助かる。術後、院長斎藤に話しかける。

「なぜオペしなかった…?
ほっといても死ぬ……
どうせ死ぬなら腹を開けろ……」

「だって失敗したら殺人ですよ……」
「なんにもしないよりマシだ…
君はあの患者を見殺しにしようとした……」

(ちょっと略)
「医者が足りないなら救急車なんて受け入れなきゃいいんだ!!
院長はお金が欲しいだけじゃないですか!!」

「で?
人の命を救うんだ……
金をふんだくって何が悪い?」

 斎藤は答えられない。

 あくる朝、落ち込んでいる斎藤を見つけた牛田は昨晩電話に出なかったことを詫びた後、こう切り出した。

「昔さ……
オレもかみついた事があるんだよ……
あんたのやり方は間違っている……
医療は金もうけの道具じゃない……って院長にな……
今でも正しくないと思っている……
だけどよ……
正しいって事で自己満足しても何も変わらねぇ……
あの人は命を救い続けている……
それは事実なんだ……」

 現実を変え得ない理想なんて、自己満足に過ぎない。
 理想が実現しない理由を、世間の無理解だの社会のしくみだのに求めるのは、そういうものを変え得ないほどその理想が無力であることを白状するのに等しい。
 「正しい」かどうかは、実現して初めて評価できる。そうでないうちはいくら「こっちが正しい!」とわめいたところで説得力はない。


サキノハカといふ黒い花といっしょに : Previous
Site:Felix Logo
Updated : 2002/08/01