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Title : Lemon Market
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Contemporary Files #20051122
レモン
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 手元に英和辞書があったら、lemon を引いてほしい。
 何? そんなの引かなくてもわかる、果物のレモンだろって?
 いや、まあ、そうなんだが、そう言わずに調べてもらったら2つめか3つめくらいに、「不良品」とか「欠陥品」みたいな意味が出てると思うんだ。もしくは「欠陥車」と書いてあるかも知れない。
 …というのは、中古車市場で lemon と言えば(米語に限ると思うんだけど)「事故車」「欠陥車」のことを指すからなんだな。

 経済学をかじった人だとピンと来るかもしれない。
 2001年のノーベル経済学賞を受賞したジョージ・アカロフ(George Akerlof)博士が1970年に提出した、市場における情報の非対称性による社会効用の低下に関する研究("The Market for 'Lemons': Quality Uncertainty and the Market Mechanism")に出てくる中古車市場の話だ。

 別に中古車市場でなくてもいいんだけど、要するに、買い手が実際に財(商品やサービス)を購入するまでその品質が未知であることから、その市場全体が不良品しか流通しないような状況になってしまった市場のことをレモン市場と言う。果物のレモンの市場が「レモン市場」かどうかは別として。

 売り手は財の質を熟知しているけど買い手は買うまでわからない(情報の非対称が生じている)場合、全ての売り手が正直な商売人であれば買い手も安心して買うことができるのだけれども、中には買い手の無知(というか不可知)に乗じて、粗悪品を売りつけることがある。(そしてすぐに市場から撤退すればわからなくなるって寸法だ。)
 そんなことが横行し始めると、買い手としても、売り手が提示したモノとそれに対する価格が妥当なものか疑ってかからざるを得なくなる。すると、本当に質の高い(それに従って価格も高い)モノが市場に投入されても、買い手が警戒して買わなくなる危険が高まる。すると売り手が質のいいものを市場に提供しづらくなり、いっそう市場には粗悪品がはびこることになる。すると買い手は「市場には粗悪品しかない」という思が強くなって、高い(けど質のいいもの)を信じなくなる。…という悪循環で本当に粗悪品しかで回らなくなる…このメカニズムを説明したのがアカロフ博士の先の論文というわけだ。

 例の、一連の耐震強度偽造事件(「事件」と言うのか?)って、要するに、住宅市場をレモン市場化する危険性がある行為でもあるんだな。
 買う側は買うまで質がわからないというか、買った瞬間にすらわからない。仮に設計から施工・建築までの全ての資料を見せられても、専門家でない一般購入者には判断のしようがない。このような状況下で、意図的に粗悪品を売りつける行為が許されることとは思えんな。モノが建物だけに、買った人の財産の価値を激減させ、場合によっては死に至らしめる危険もあるわけだから、めっちゃ重罪にすべきだろうなと思う。建築基準法違反とか、そんなのだけを適用するんじゃなくてね。市場だけじゃなく、社会基盤に対する信頼を壊しかねない行為なんだからな。

 例の設計事務所が関係した物件のうち「この○軒しか偽造してません」と言われても即座に信用できないし、じゃあ他の設計事務所はそんなことしてないのかと言われるとそれを信じる根拠はないし、仮に設計段階が正しくてもそれが正しく施工されているかは、それはそれでまた別だし。…ってなことを全ての建造物について考えなきゃいけなくなったってことはかなりの社会的損失だと思うぞ。

 で、この「事件」に対し、北側国土交通相は記者会見で、行政側にも責任があるとして、マンション居住者などへの公的支援を検討する方針を示したらしいんだけど。
 あくまで民間同士の商売上の揉め事なんだから、基本的には行政にはこの件に関し責任はないと思う。もしその建築物の検査を行政が行ってたら別だけどね。ただ、買う側が容易にその質を判断しきれないようなモノやサービスなら、売り手側にその質を保証する責任は大いにあると思う。で、こういう形態はどうだろう。

  1. 対象物件の売主は最終購買者に対して物件購入額の返還及びその物件からの退去(引越し)費用の拠出を行うこと。(これはこれで民事訴訟が必要かも知れん。)
  2. 対象物件の売主は、実際に建築を担当した企業に対し、上記 i で必要となった費用のうち、建築者の責任に負う部分の費用を請求すること。
  3. 建築者は、設計を行った企業及びその確認を行った企業に対し、上記 ii で必要となった費用のうち、設計者の責任に負う部分の費用を請求すること。
  4. 費用負担の責任は企業存続が危ぶまれるという理由では免除されないこと。企業の支払い可能額を大きく超え経営が破綻した場合でも、その資産を回収し支払いに充てること。
  5. 上記によって、十分な支払額が確保できない場合になって初めて行政が特別な措置として救済に乗り出すこと。
  6. 行政は最終的な原因となった企業(もしくはその事実を行った個人)の資格を剥奪し、再発行できないようにすること。また、その時の経営者が別の登記で起業した場合にもその資格を与えないこと。

 考え方の基本は、「プロがプロとして売るモノ(サービス)には質に責任を負う」ということ、それが守られない場合は買い手側が売り手側に「金返せ」と言えるということ、そしてそれが現実に難しいってなって初めて行政が救済に入るということ。スジが通ってる&現実的なような気がするんだが。

 最初っから行政が保護するようにしとくと、「どうせ見つかっても、こっちは倒産して踏み倒して逃げて、あとは行政にやってもらおっと。そんでもって別の会社を作って同じことやろっと」ってのをできないようにする、というのが主眼。だめ?


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Updated : 2005/11/22