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Title : Rain
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Contemporary Files #20000918
雨の匂い・雨の音
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 私にとっての雨の匂いは土の匂いである。アスファルトの匂いではない。
 もちろんそういう匂いがしないわけではないのだが、やはり覚えのある雨の匂いは土の匂いである。

 さて、「雨の匂い」と言って何を言っているのかわかってもらえるのだろうか。
 雨の降り初めには、乾いた面に水分があたってある種独特な匂いがするものなのだ。私の家は平屋だし、私の部屋の窓から顔を出せば、すぐに裏庭になるので、土に跳ね返る雨の匂いがする。

 それと同時に、雨の降り始めは屋根にあたる雨粒の音や、樋を流れる水の音が聞こえる。これは雨粒の大きさにもよるが「タンタン」である。それがある程度降ってくると「サー」に替わり、水溜りができるくらいになると、「ポチャン」になる。

 さて、雨の風情の話を今からしたいのではない。洪水になるときは、こういう、普段嗅いだり聞いたりしているもののレベルを超えてしまうものだ。

 私が高校生のとき、私の住んでいるあたりが洪水になったことがある。
 私の家は奈良盆地にあるので、災害にはあいにくい場所なのだ。地震はあまりない場所だし、台風が来ても海から遠いので、ここまで上陸するまでに勢力が減退していたりする。盆地の中央部なので山崩れの心配もない。だから、その時も、まさか洪水になるなどとは思っていなかった。私の父も生涯のうちで洪水にあったことがないと言うから、ここ少なくとも50〜60年はなかったということだ。それでも洪水になった。
 幸いにも最も近くの堤防が決壊したわけではないので、水はじわじわと押し寄せるように水位があがり、一挙に流されると言うことはなかった。しかし、逆に、それだからこそ、いつ水が来たのかすぐにはわからなかった。遠くでサイレンは鳴っていたが、遠くで鳴っていたので「ああ、大変な目に遭ってるところがあるんだな」と思っていた。しかし、何かおかしい。そのおかしさは耳からきた。なんとなく雨の音がおかしいのだ。普通の雨なら、何か固いものにあたる音の中に、水溜りに入る「ポチャン」という音が混じる程度なのに、その、「ポチャン」という音しかしないことに気づいたのだ。慌てて窓の外を見ると、もう床下まで来ている。慌てて家族全員で畳をはがし、床に置いてある物で濡れたら困るものは出来るだけ高いところに移した。我が家は古い家なので床が比較的高く、床上浸水にはならなかった。

 大変なのはそれからである。
 まず、水がひくまでは何も出来ない。私の家のある地域は都市ガス供給エリアではないのでプロパンガスがある。だから煮炊きには困らない。しかし、電気と水がこない。救援物資として炊き出しと毛布が配られたが、食べ物は有りがたがったが、毛布は不要…というか、そもそも安心して眠れるかどうかがそもそも微妙なのだ。(結局使わなかった。)
 水が引いたら引いたで、すぐに元に戻るかというとそういうわけにはいかない。床下にたまった泥をかきだし、床下を乾燥させた上で消毒しないと、非常に衛生的に問題が生じるのだ。たぶん、家の寿命は確実に短くなったはずだ。

 それまで、災害なんて自分とは無縁と思っていたが、それ以来、どこかで洪水の話を聞くと、自分が洪水にあった高校生のころを思い出す。これを書いている今も雨が降っているが、無意識のうちに雨の音を確かめてしまっているようだ。


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Updated : 2000/09/18