Location : Home > Contemporary Files > 1999
Title : Birth of Euro-Land
Site:Felix Logo
Contemporary Files #19990104
ユーロランド誕生
/ BBSへGo! /

巨大通貨誕生

 1999年1月1日、ヨーロッパに巨大な流通域と流通量をもつ通貨が誕生した。ユーロである。EU(ヨーロッパ共同体)加盟国15ヵ国のうち、イギリス・デンマーク・スウェーデン・ギリシャを除く11ヵ国が、この日からヨーロッパ諸国の公的債務はすべてユーロ建てに、4日からは銀行間決済もユーロに切り替えられる。
 通貨統合により、為替リスク・両替コストはなくなり、これにより貿易−この呼び方も妥当でないかも知れない−の促進や、価格の地域差の縮小を目指している。またヨーロッパではこの通貨統合に先立って域内の関税撤廃、労働力・資本の移動の自由化などを促進しており、広い意味での市場の拡大とそれによる経済の安定を企図している。
 このユーロが流通する地域を差して「ユーロランド」と呼ばれるようになっている。

ユーロ誕生までの長い道のり

 ユーロ誕生を特集したNewsweek 1998/12/16号(Vol.13 No.48;通巻639号)では、「カール大帝以来、あまたの支配者が武力で成し遂げようとしてかなわなかった偉業が、部分的とはいえ平和裏に達成される」と表現していた。
 同誌では、ローマ皇帝ディオクレティアヌスによる原始的な金本位単一通貨制度の設定(A.D.284 - 305)にまでさかのぼり、通貨統合の歴史を説明している。1700年のもの長い期間にわたっての試行錯誤の末、ようやくここにたどりついた、というわけである。その足取りをここでも少し追ってみよう。

 755年ごろフランク王国のピピン3世(小ピピン王)が新デナリウス銀貨を発行し、これが中世ヨーロッパを通じた本位通貨となった。その後は都市国家間での交易のためにさまざまな貨幣が鋳造され利用された。産業が活発になり、賃金労働が一般化することで人々の移動が盛んとなり、消費者市場が大きくなりだしたのが17世紀ごろであり、貨幣取引が主流になってきた。
 1661年にはストックホルム銀行がヨーロッパで初めて自由に流通する銀行券を発行したが、大量に発行しすぎたため、同銀行の創立者が死刑判決を受けるという羽目になった。(結局は減刑され、懲役ですんだそうである。)
 フランス革命直後にもアシニャ紙幣(革命により没収した貴族や寺院の領地を抵当にしたもの)を革命政府が多量に発行しすぎて超インフレを起こしてしまうという失態を繰り返している。
 産業革命や市民革命期を通して、通貨体制の整備の必要性を深く感じたのか、19世紀になってラテン通貨同盟(フランス・ベルギー・イタリア・スイス・ギリシャ・ブルガリアによる貨幣制度の標準化;1865年)やスカンディナビア通貨同盟(デンマーク・ノルウェー・スウェーデンによる単一貨幣制度;1872年)などが結成された。
 19世紀末には、世界貿易の拡大につれ、各国が金本位制を正式に採用するようになったが、第1次世界大戦によりフランスとドイツが金準備額が底をつき金本位制を停止。その後一時期は復活したが、1920年代の世界恐慌により結局金本位制は崩壊した。
 第2次世界大戦後、米ドルを機軸通貨とし金との兌換を保証するブレトンウッズ体制が確立された。ここから米ドルの「支配」が始まり、ユーロはこれに対抗するために生まれたと言ってよい。
 1958年には欧州経済共同体(EEC)が発足、通貨統合などが最終目標とされた。実質的な統合への動きが始まったのはこの時点である。
 1979年にはEC(EECから1967年に改称)域内では一定の変動幅に相場を抑え、共通の通貨単位としてECUを用いるという欧州通貨制度(EMS)が導入された。
 1989年には欧州委員会のドロール委員長よりヨーロッパの経済・通貨統合に関する報告書が提出され、3段階の移行プランが示された。この報告を受けて、1990年に第1段階として、域内の資本移動をほぼ自由化。第2段階として1994年には欧州通貨機関(EMI)が設立された。この間、1991年にはマーストリヒトで開かれた欧州理事会で欧州連合条約の草案が合意され、1999年までの共通通貨導入が決定。1995年12月には、単一通貨名が「ユーロ」と決定した。
 1998年3月には欧州委員会が1999年1月1日からのユーロ導入を勧告、11ヵ国が参加を表明し、この日を迎えることとなった。
 今後は、ユーロと既存通貨との交換レートを決定(固定相場)し、ユーロ導入に伴うさまざまな法律整備を行う。そして2002年1月1日までにはユーロ紙幣・貨幣を流通開始させ、同年7月1日以降は完全に移行する。すなわちマルクやフランはこの日をもって単なる紙切れとなる。

巨大通貨誕生の影響

 ユーロが誕生することで、経済的な効果よりも政治的な効果が大きいと言われている。
 通貨統合に向けての動きの中で、強すぎるドイツを「ヨーロッパ」の枠組みにはめることで対抗力を保持しようとするフランスと、そのような周辺地域の「目」に配慮するドイツの思惑が一致したというのが共通の見方のようである。そしてユーロランド内部を1つの国と見立てたとき、人口3億人・GDP6兆ドルにもなる巨大単一市場が生まれ、しかも、輸出依存度が究めて低い−ということは世界経済の変動を受けにくい−「国」が生まれることになるわけだ。
 また、「ジアンスリー報告書」(米ドルに対するユーロの戦略を提案した報告書。フランスのジアンスリー議員がソルボンヌ大学の教授らとともに執筆、10月の欧州議会で採択。)で指摘されていることであるが、ユーロ導入により、これまで加盟国間の取引や為替介入のために蓄積されてきた外貨準備高が約4000億ドルあるとされており、この使い方によってはドル相場を動かすことができる。またそのような意図をもたなくとも、安定した経済を背景に、巨大で流動性の高い債権市場が米ドル以外にできることで米国債からユーロ建て国債に資金が流れ込むことになるだろう。
 さらに、為替相場に急変に苦しむ開発途上国がこの通貨統合に刺激され、さまざまな動きが各地で起こるだろう。通貨バスケット制の模索なども見られるし、中国はすでに外貨準備のユーロシフトを開始している。現在1500億ドルの外貨準備高のうち200億ドルほどが欧州貨幣であったが、これを500億ドル程度に増加させるとの報道(毎日新聞1999年1月3日朝刊)もされている。

 もちろん、良いことばかりではない。
 通貨発行権は、現在では国の独占である。共通単一通貨ユーロの流通は、いわば、国家主権の部分的放棄である。このため各国の金融政策は大きな制約をうけることになる。当然通過発行量は自国では調整できないし、金利を設定しようにも周辺各国と大きな差が発生してしまっては、資金がまたたく間に流出してしまう。何しろユーロ導入に先立ち、資本の自由化を進めてしまっているから。また、税体制もユーロランド全体でほぼ同じ様なものにならざるを得ない。資本だけでなく労働力も自由に移動するから、税金の低いところへと企業も人も動いてしまうからだ。すなわち、経済の先進地とそれに追随していけない地域との格差が埋るどころか拡大してしまう恐れがある、ということだ。これまでそれを国が何とか再配分していたことが、かなり困難になる。その不満が勃興しつつあるナショナリズムと結び付いて、排斥運動にまで至るのではないか、という危惧もあるのも確かである。

問われる円の国際化

 通貨は、いつ、どこの、誰が発明したのか誰も知らないし、確かめようもない。どのように使えばよいか、誰もがみんな知っているにもかかわらず。そのためか、通貨の根拠というものは極めて薄弱である。もし、根拠があるとすれば、金との兌換保証でもなく、労働価値でもなく、他者の欲望である。自分以外の多数の人間が欲しがるか否か、だ。みんなが受け取りたいと思うなら自分も受け取る。発行主体への信頼に由来するとも言えなくもないが、要するに、発行主体が信頼に足るとみんなが思っている→その発行通貨を受け取っても大丈夫だ、という論理構成だ。

 たとえば私が精魂込めて極めて美しい紙幣を印刷しても、あなたは受け取らないだろう。そして、その判断は正しい。それはあなたが私を信頼しても、私を知らないその他大勢の人々は私の紙幣(私幣?)など欲しがらないからだ。

 特に、ユーロのように人工的に作り上げた通貨の場合はその特質が全面的に現われるだろう。経緯はどうあれ、既に流通してしまっている通貨は、それを受け取る人がいる限り流通する。ユーロの成功は、「ユーロをみんなが受け取りたいと思っている」と思わせることができるかどうかにかかっている。
 ユーロランド内では法律で流通を義務づけられるから、少なくとも3億人程度は使わざるをえない。ということは、受け取る人がそれだけいるのだから、その体制が続く限り、域外の人の間で流通しても、とりあえずは安心である。問題は、ユーロ体制が揺らぐような事態が起こることである。そのあたりの舵とりの責任がこれからのユーロランド執行部に課せられている。

 ユーロの登場により、日本円の相対的な価値は下がらざるを得ない。この流れをうけて、日本では、円の国際化とそのための戦略が問われることになるだろう。そして、それに最も必要となるのは、通貨の発行主体に対する信頼であることは言うまでもない。


[Previous] :
[Next] : 1999/01/11 : 1999年の姿は?
[Theme index] : 国際
Site:Felix Logo
Updated : 1999/01/04