自然のマエストロに出合う旅

やまもと雄大


 鉄道マニアというほど電車に詳しくはありませんが、レールの繋ぎ目による独特のリズムが体に伝わってきて、それは単なる振動ではなく、ある時には音楽のように、ある時には愛しい人の囁きのように聞こえ、とても心地良くなるので時々無性に乗りたくなるのです。
 今回は車窓から臨む雄大な太平洋の海を満喫しようと紀伊半島の海岸沿いを走るオーシャンアローというJRの特急に乗る目的で小さな旅を計画しました。もうひとつの楽しみは美しい景色を眺めながら味わう駅弁です。マリンブルーのオーシャンアローはイルカをイメージしたかっこいいフォルムが特徴です。1両目のパノラマ車両はグリーン席になっているみたいですが、私は車椅子の座席が用意されている4両目に乗り込みます。駅員さんが折り畳み式の簡易スロープを入り口に渡してくださったので電動車椅子も楽々乗り込む事ができました。
 いよいよ京都発新宮行きのオーシャンアロー17号は静かにホームを離れました。車椅子のスペースが設けられているとは言うものの、ひとり掛けのシートを取り去った分だけのオープン‐スペースしかないため、車内販売のワゴンが通る度にデッキに出て避けなければならないのが落ち着かなくて少し困りました。車椅子からシートに移れない人のために、もう一つ座席を取り外してもらいたいと思いました。トイレも一応車椅子用のものがありましたが狭くて入れませんでした。海の波をデザインしたと思わせる青を基調にしたシートや内装が落ち着いた雰囲気をそこはかとなく作り出し、寛ぎの旅を演出しています。
 乗り心地は思っていたより揺れるものだなというのが最初の印象でした。日本の地形に沿って曲がりくねった線路を高速で走るため、振り子方式を導入したオーシャンアローはカーブでもスピードを落とさずに走れるのですが、もう少し揺れを押さえる工夫も必要かもしれません。
 車内で弁当を買うと、普通の幕ノ内と鯛の寿司ぐらいしかありませんでした。おなかがすいていたのできれいに平らげて、おなかがいっぱいになったころ、漸く待ちに待ったセルリアンブルーの海が見えてきました。この日はよく晴れて眺めは最高でした。車窓から臨む太平洋の海は雄大で美しいものでした。岩岩の形がおもしろく、自然の彫刻は偉大な芸術作品を生み出しました。大自然は頗る腕の良い芸術家でもあり、感動のドラマをつくる演出家でもあり、いろんな物を束ねて美しいハーモニーにするマエストロでもあると只只感心して見入っていました。
 美しい風景は通り過ぎて釣瓶落しの夕暮れが近いころ、終着駅の新宮に到着しました。今回の旅は日帰りで、1時間余りあとに折返しするオーシャンアロー34号に乗って帰らなければいけませんので、駅前で夕食のさんま寿司を買って電車の中で頂く事にしました。聞くところによると、さんま寿司は和歌山の名物らしいのです。
 家路につく列車の窓は暗く、見えるのは少し疲れたけれど満足気な自分の顔でした。奈良の我が家へ帰宅したのは夜中の1時近くになっていました。こうして私の小さな旅は終わったのです。

2003年10月22日


利用鉄道区間:JR西日本 京都−新宮