《花と緑の博覧会紀行》

1990年9月30日

やまもと雄大

雨のためになかなか行けなかった花博へ、昨日やっと行くことができました。午後4時頃に家を出た僕と母は近鉄郡山駅まで歩きました。駅に近いのはやはり便利なものです。ホームで電車を待っていると、まもなく電車がきましたが、下校する学生たちで満員だったので、次の電車を待つことにしました。車椅子はスペースがいりますから、満員電車で女の人の口紅がYシャツについて、帰ってから奥方に疑われるなんていうことにはなりません。
すぐに次の電車がきて乗りました。動き出す前に僕は車椅子のブレーキをかけ、なにかいつもの乗り方と違うなあと考えていました。母と電車で出掛けるのは久しぶりなので乗り方を間違えていました。車椅子で電車に乗るときは前輸を上げて、まず電車の入り口に乗せます。このとき、ホームと電車の段差が大きいと乗りにくいですし、ホームと電車の間が大きくあいているところは車輪がはまり込みそうになるので怖いときがあります。前輸が乗ったら後輪を持ち上げるようにして乗せます。介助者はちょっと力がいりますが、あまり重くないので大丈夫です。おりるときは逆に、後ろからおりないと車椅子に乗っている人に恐怖を与えますし危険です。戸西大寺で「つるはし」行きに乗り換えるのは階段を上り下りすることなく、ホームをかえるだけですみました。
生駒トンネルをぬけると、そこは都会であった……なんちゃって。大阪に近づいていくほど建物は背が高くなり、ひしめきあうような風景に変わっていきました。生駒山の上のほうまで家が建っているのを見て、すごいなと思ってしまいました。こんなとき、ちびまるこちゃんのナレーターのおっちゃんに「何がスゴイんだ」とつっこまれそうだなっと、わたしゃ思ったよ。生駒山上のジェットコースターらしきものが見えました。ぼくってメチャンコ目がいいんでしょうか。そうしているうちに「つるはし」につきましたので降り、待ち合わせている【あんパンマン】(妹)を待っていました。すると、同級生のえっちゃん夫婦にあいました。えっちゃん達も花博に行ってきたそうで帰るところだということでした。えっちゃんの子供も、もう一歳になったそうで、早いものだなと話して電車がきたのでえっちゃん夫婦は帰っていきました。そしてあんパンマンが登場したので、タクシーに乗り花博会場へむかいました。もちろん車椅子は折り畳んでトランクに入れてもらいます。
いよいよシンボルタワーが見えてきました。時間は6時ごろになっていました。入り口のゲートはどこだとゲート前の広場の入場券売り場へ、われらがあんパンマンが尋ねに走ったのでした。入り口がわかったので、ゲートヘ向かいましたが、一般のゲートは幅が狭く、車椅子は通れません。係員のおねえさんが、「車椅子の入り口はあちらのほうでございます」と言うので、いちばん端のほうに行くと、なるほど車椅子専用ゲートと書いてありましたが、はしっこなので見えません。いちばん先に母は宝くじを買おうと言って、某ハンバニガーショップでよくやっているような、こすると出てくるカードをこすっていました。なにやら好きな番号を登録できるそうで、抽選の結果は新聞に載るということです。
そして富士通のパビリオンヘと向かったのでした。パビリオンの前には予想どおり大勢の人が並んでいます。入れるのかなと思って聞いてみると、車椅子の方は一回の上映で四人づつしか入れないので、次の次の入場まで待たないといけないですよということでした。整理券がなかったので、その間に他のパビリオンに行くこともできません。ようするに、並んでいないと後から車椅子の人が四人来ると入れなくなるということです。すでに次に入場する人が待っておられましたので、待つとすると50分です。
どうしようかと思いましたが、どこへ行っても同じぐらい待たないといけないだろうと思い、待つことにしました。一般の人なら整理券がないので入れないところでした。家から持ってきたカレーパンを食べながら待っていると、スリムなコンパニオンのおねえさんが時々、なにやら世界初立体映像の説明をしていました。正確にいうと「全天周立体フルカラー映像」といい、つくば博であったもののパート2のようなものでしょう。タイトルは「ユニバース2・〜太陽の響〜』だそうです。母はコンパニオンを見て「きれいな人やけど、痩せすぎやな」と感想をいい、あんパンマンはコンパニオンの人に「あなたは痩せすぎだから私のようにフックラさんになりなさい」と言ってきたらと母に言いました。母は「あの人は何キロぐらいやろなぁ」と言いました。あんパンマンは「あの人に聞いてきたろか」というと、母は「わざわざ聞くほどのことでもないわ」と言いました。僕はニヤニヤしながらコンパニオンのお嬢さん達を見て、どの人をお嫁さんにしたらいいかを考えていました。とにかく僕たちゆかいな3人組は、こういう話をしながら待っていました。
いよいよ富士通のパビリオンに入れる時間がきました。コンパニオンの一人が車椅子専用入り口の前に立ち、ドアを開ける準備をはじめました。僕はこの人に電話番号を聞こうと思いましたが、内気なボクちゃんは聞けませんでした。「お待たせしました、こちらへどうぞ」と案内されたところは、いまひとつ売れていないパソコン「FMタウンズ」がいっばい並んでいるパネルの前でした。何をやるのかと思ったら、お客さんの一人を呼び「今日は何を食べましたか」というような質問を始めました。そのお客さんは「コーラ」を飲んだと答えました。コンパニオンの人が「じゃ、お客様の声で音楽を演奏しますので、このマイクに向かってコーラと言ってください」と言いました。その人は恥ずかしかったのか声がやや小さめで一回目はうまくサンプリングできなかったようでした。「もう少し大きな声でお願いします」と再度サンプリングして今度はうまくいき演奏が始まりました。スピーカーが大きいだけで、音自体は僕のパソコンと変わらなかったので「これぐらいなら家のパソコンでもできるよ」と心の中で言いながら、コーラの声と植物の命が息づく音の演奏を聴いていました。
しっかりタウンズの宣伝みたいなデモンストレーションを見てから、立体映像を見るためのメガネをわたされました。このメガネは液晶シャッター式らしいとわかりました。赤と青のセロハンをはったようなメガネだったら最悪だろうと、変なことを考えてしまいました。ドームの席につき、メガネをかけ待っていると館内の照明が消えて、「ユニバース2〜太陽の響〜』の上映が始まりました。スクリーンで包み込まれた状態は、プラネタリュームを連想させるものがありました。いきなり立体の人形があらわれて、オヨヨヨヨヨと驚いてしまいました。(立体映像だから、あたりまえである)カメレオンと毛虫クンの操り人形が出てきましたので、はじめ一瞬これもCGかな?と思いましたが、動きや映像の質が実写だったので見ていると、操っている人間が出てきて、「操り人形を動かしているのは人間。では人間はどうして動くことができるのでしょうか」というナレーションがあって、ブドウの根を描いたCGがあらわれました。そして私たちは、まるで道管の中をものすごいスピードで通ったかのような体験を味わったあと、葉の細胞や葉緑体のメカニズムを目の前でまざまざと見ました。そして、ブドウ糖ができてくる分子構造のシュミレーションで分子が空中に浮かび、こちらにビュンビュン飛んでくるものだから、おもわずよけたりしたくなりました。このとき母は鼻がムズム.ズしたそうです。顔に分子が飛んできますからね。ブドウは太陽の光をブドウ糖内部に貯えて、師管を通ってブドウの実に貯蔵されるそうです。ミクロ宇宙の旅から実写に変わって、美味しそうなブドウが目の前にぶらさがりました。あんパンマンの横に座っておられた方は、そのブドウを一生懸命につかもうとしておられたそうです。その気持はわかります。ほんとうにブドウが目の前にあるかのように見えるんだもんね。そこへ、ブドウを食べにやってきたタヌキかアライグマか知らないけれど、たぶんタヌキだろうと思いますが、その立体タヌキちゃんが僕の顔の前で美味しそうにプドウをムシャムシャと食べるのです。とってもリアルでした。再びミクロの世界に戻って、私達の体に入ったブドウ糖からエネルギーが取り出され、このエネルギーが筋肉を動かしているということを映像で見ると、なるほどなあとわかりやすいですね。我々は太陽のエネルギーで歩いたり走ったりスポーツができるのですね。ラストで人形のカメレオンが食べて、まずかったらしく吐き出したアルファベットの文字は「THE END」のHだったと思います。う〜〜〜んおもしろかった!
立体映像の原理を簡単にいうと、左右の目にそれぞれ微妙にちがった映像を見せればいいということになります。私たちは普段、左右両方の目で物体を見ています。左右の目の問は少し離れていますから、それぞれの目にうつる映像は少しちがうはずです。その微妙にちがう二つの映像を頭の中で処理することで立体を認識しています。この人間の目のメカニズムを応用して作られたのが立体映像です。実写の部分は二台のカメラで撮っているのだろうと思います。CGの部分は左右それぞれの映像を計算してづらしているのでしょう。メガネをはずして見ると、ただの二重映りにしか見えなかったと思います。僕の隣に座っておられたおばあちゃんは、途中でメガネをはずして見ておられました。きっとお年寄りには刺激が強すぎたのかもしれませんね。
おもしろかったと満足しながら、ゆかいな三人組は富士通パビリオンを出ました。次は何を見ようかということで、僕がサントリー館に行こうと言いました。あんパンマンは「ここも立体映像とちゃうの、お兄ちゃんって立体が好きやねえ」と言いました。そりゃそうで、出るところはボイ〜ンと出ていて、しまっているところはキュ〜ンとしまっているほうがいいですからね(何の話だ!)。
サントリー館は少し待っただけで入れたのでラッキーでした。ここのスクリーンは全天周ではなく、普通のワイドスクリーンでした。メガネも富士通のものより軽かったのです。原理は富士通のものと同じでしょうが、サントリーのほうは実写の迫力で見せていました。自然のバランスが大切だというようなテーマで、大自然と人問が鉄を溶かして動物の彫刻を作っている場面が対照的に映し出されていました。
動物の姿が手にとるように観察できるので子供が喜びそうですが、獣がこちらへ跳びかかってくるところは怖がるかもしれませんね。
サントリー館を出てから、せっかく花博に来たのだから花を見ようじゃないかということになり、咲くやこの花館へ向かいました。ところが、もう本日は終了しましたと書いてありました。またの機会にどうぞだって…うるうる、もう来ないんだよ!10時半までにはまだずいぶん時間があるのに、もう店仕舞かと思いながら、山のエリアにでも行こうかと、ぶらぶら歩きました。各国の庭や建物がありましたが、夜は何もやっていませんし、花もちょっとあるだけでした。結局、立体映像博になってしまいましたが、なかなか普段は見られるようなものではないので、よかったなあと満足しながら、そろそろ10時になったから帰ることにしました。このときには、これから苦難の道が待っていることなど、知る由もありませんでした。
花博会場の前のタクシーのりばへ行ったら、ギョエ〜〜〜ッ! 何メートルもの人の列。30分以上待たなければいけません。それにしても、この人達は何故地下鉄で帰らないのかな。あんパンマンのするどい分析によると、アベックが多いので、こ
れからタクシーでホテルヘ行くんだろうということです。そんないいことするためにタクシーを待っているなんてけしからん!と健全な僕は思いました。まじめな話どうしてもタクシーでないと帰れないという人だけ利用して、地下鉄でも帰られるという人は地下鉄にするべきだと思いました。並ぶ必要もないから、そのほうが楽だと思います。僕も地下鉄にエレベーターがあって車椅子でもイスイス乗れる状態になっていたら、車より電車のほうが疲れにくいから好きなんです。でも、残念ながら地下鉄には凄まじい階段があって無理です。ちょっとぐらいの階段なら、駅の係員の方に手伝ってもらうのですが、地下鉄はしんどいですね。やっとタクシーに乗れて、「つるはし」の駅まで未ました。すると、ぎりぎりに最終電車がきました。これに乗り遅れると、朝帰りの雄大になってしまうところだったのです。ここでホッと一息つけたものの、西大寺から郡山までの電車がありません。しかたがないので、またタクシーに乗ることにしました。西大寺駅前のタクシーのりばでもだいぶ待ちました。やっと我が家へたどりついたときには、夜中の1時でした。
国際花と緑の博覧会も今日9月30日で閉幕しましたが、ふりかえってみると最初から事故続きで、ごたごたしたものになりました。それにもかかわらず、大勢の人が訪れました。花が主役なのに、何か自然とはちがう感じが気になるところで、本当の花博のテーマは、これから考えて生かしていかなければならないのでしょう。