以下の記事は院長がPEPPY誌上(2000年春号:ドクターズ・アドバイス)に執筆したものを最新知見にもとづき改編したものです。 また、文末の「甲状腺機能低下症の自己診断スコア」は平成13年度日本小動物獣医学会近畿部会(2001年10月)で発表した内容にもとづいたものです。

ペピイドクターズアドバイス
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甲状腺機能低下症という病気をご存じですか?

奈良県・緑ヶ丘動物病院
金澤 稔郎 先生


「甲状腺機能低下症、なにやら難しそうな響きで特殊な病気のように思われるかも知れませんがこの病気は犬にとっては身近な病気です。散歩に喜んで行かない、毛艶が悪い、被毛が薄い、寝てばかりいる……。いずれも「年のせい」と考えがちな状態ですが、調べてみると実はこの病気だった、という場合が意外に多いのです。 この病気はいろんな顔を持っているというか、症状が一定しないために、かつては診断が難しかったのですが、最近では診断技術が向上してきましたので、かなりはっきりと診断を下すことが出来るようになりました。

甲状腺機能低下症とは?

 甲状腺は喉のすぐ下の部分にあって、甲状腺ホルモンを分泌する内分泌器官です。甲状腺ホルモンは代謝を活発にしたり、筋肉にエネルギ−を供給したりするのをはじめ、心臓・内臓・皮膚など体のあらゆる部分の活動を調整するという非常に重要な役割を担っています。
 何らかの原因で体の活動に必要なだけの甲状腺ホルモンが分泌できなくなった状態を「甲状腺機能低下症」と呼びます。この病気は中型犬や大型犬に多く、トイ種やミニチュア種などの小型犬に発生することは稀です。この病気になりやすい犬種としてはゴールデンレトリバー、シベリアンハスキー、シェットランドシープドッグ、柴などが挙げられますが、そのほかどんな犬種にも、また雑種の犬にも発生します。年齢的には5歳以降が多いのですが、もっと若い時に症状がでる場合もあります。また、この病気は猫ではほとんど起こりません。

症 状

体のあらゆる部分の活動に関与しているホルモンですので、これが欠乏したときには実にさまざまな症状が表れます。「甲状腺機能低下症に共通した臨床症状はない」、と言っても言い過ぎではありません。認められることが比較的多い変化は被毛が薄くなったり、剛毛になったり、足を突っ張ったような不自然な歩き方をする、不活発になる、といったものなどですが、これらの症状はいずれも「年のせい」として片づけられてしまいがちなのです。さらにこの病気は未期まで食欲がある場合が多いために、先述のような症状がみられても「ちゃんと食べているから大丈夫」と放置されてしまい、寿命をまっとうできずに死亡してしまう場合が多くあります。
 あなたのワンちゃんが普段から不活発だとか、毛づやが悪いとか感じている場合には、いちど文末にある「自己診断スコア」の項目をチェックしてみてください。 スコアの合計点が10点以上の時には甲状腺機能低下症を含めて、何らかの異常が存在する可能性がありますので、獣医師の診察を受けてみて、必要があれば血液検査をしてもらうとよいでしょう。そして、合計点が15点以上の場合には甲状腺機能低下症が強く疑われますので甲状腺ホルモンを測定してみることをお勧めします。

診 断

甲状腺機能低下症は症状と甲状腺関連ホルモン(甲状腺ホルモンと甲状腺刺激ホルモン)を測定することによって診断します。病院内で行う血液枚査の項目に変化が見られることもありますが、絶対的ではありません。甲状腺ホルモンは病院で採った血液を動物専門の検査センターに送って測定します。診断の決め手は遊離サイロキシンという甲状腺ホルモンですが、これは犬の血液1cc中に10ピコグラム(1000億分のlグラム)というわずかな量しか存在していませんので、これを測定するには特殊な方法が必要となり、費用もかなりかかります。そこで通常は症状と病院内の血液検査の結果を獣医師が総合的に判断して、必要がある場合に甲状腺関連ホルモンを測定します。ただ、不活発だという点を除けば見た目には全く普通に見えることもあり、こんな場合には獣医師であっても見逃してしまうこともあります。
 ここで非常に重要になってくるのが飼い主から得る情報です。普段から散歩を喜ばないとか、毛換えをしないとかいう情報は診断の上で大変有力な手がかりとなります。気づいたこと、普段から感じていることなど、どんなことでも獣医師に伝えて下さい。


治 療

 この病気は遺伝的なものと考えられており、予防することは難しいと思われますが、診断が下れば治療は簡単で、体の中でつくれなくなった甲状腺ホルモンを外から薬として補充します。そうすることによって「年のせい」だと思っていた犬の様子が鷲くほど変化します。活発に遊ぶようになり、毛艶が良くなり、目の輝きも違ってきます。
 ただし、甲状腺ホルモン剤の量が多すぎたり、甲状腺機能が正常な犬が甲状腺ホルモン剤を飲み続けたりした場合には甲状腺機能亢進症(中毒)の状態になり、最悪の場合には心臓発作を起こしてしまうこともありますので、必ず獣医師の指導のもとでワンちやんの体の中のホルモンの量をチェックしながら治療をおこなってください。甲状腺ホルモン剤は基本的には生涯必要です。この治療を受けた犬の飼い主の方は口をそえて「これが○○ちゃんだとは思えないくらい!」と鷺かれます。でも、これが本来の○○ちゃんの姿なのです。本来健康であれば犬は10歳を過ぎても大喜で散歩に出かけるものです。下の「自己診断スコア」の項目に多く当てはまるような場合には、年のせいと考えないで、一度獣医師に相談してみて下さい。