=第9回=
 さてさて、いったい何ヶ月ぶりの更新でしょうか。もう前の更新がいつのことだったかすっかり忘れてしまいました。いつものことながら、公約破りの面独斎でございます。誠に誠に申し訳ありませんm(_ _)m平に平にご容赦ください。

 さてさて、今回は現在私ども柳沢文庫の方で開催いたしております秋季特別展「柳沢吉保と荻生徂徠」(2005年9月10日〜11月13日)のなかで特別出品しております江戸幕府第五代将軍徳川綱吉の書「過則改勿憚」を紹介させていただきたいと思います。本館で発売しております絵葉書セットのなかにも入っておりますので、見たことある、という方はけっこうおられるかもしれません。しかし、本物を見られた方はそうたくさんはおられないのではないでしょうか。
 絵葉書では大きさがわかりませんが、実物は竪が170.5センチ、横が102センチというたいへん大きなサイズです。全景を撮影したものが【写真1】なのですが、これでもちょっとわかりませんよね。小柄な人の身長より長いものなのです。展示するときもどう掛けようかと悩んだぐらいでした。なかなかここまで大きなサイズの書跡はあるものではありません。
 では、いったい何が書いてあるかと申しますと、本紙部分を拡大した【写真2】をごらんください。まんなかやや右寄りに大きな字で「過則改勿憚」と書かれています。たいへんしっかりとした力強い筆跡で書き上げられていますよね。この五文字はたいへん有名な中国の言葉で、「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」と読みます。つまり、間違いがあって、それがわかったなら、その間違いを改めることをちゅうちょしてはだめだよ、という意味です。ミスというものはついついごまかしたり、そのまま押し通したりしたくなっちゃいますけど、そんなことはしてはいけませんといってるんですね。
 そして、その横に今いったような言葉の意味が書かれています。しっかりとした楷書で書かれていますので釈文は省いて、読み下しておきますと、「程子曰く、学問の道に他無きなり、其れを知り、不善則ち速やかに改むるを以て善に従うのみ」とあります。程子というのは宋(中国)のえらい儒学者で、この人が「過則改勿憚」ということをいっていたようですね。
 さらにその後に続けて次のような一文が書かれています。これも読み下しだけしておきますと、「右は聖言なり、これを書し、出羽守源保明にあたう(実際は、見たとおり漢字を使ってますが、パソコンには無い字なので平仮名にしました)、示教を以て戒め慎みてこれを守るべし  内府源綱吉」とあります。
 ここで「内府源綱吉」とあるのが内大臣を兼任していた将軍綱吉のことで、「出羽守源保明」が当時「出羽守」を名乗り、「保明」を諱としていた柳沢吉保のことです。つまり、この書は綱吉が吉保に常日ごろの戒めとして「過則勿憚改」の言葉を与えたものだったのですね。若くして綱吉に仕え、その薫陶を受けて学識教養を深めた吉保との関係をよく示している一書です。本書に年紀は記されていませんが、「楽只堂年録」によると元禄元年(一六八八)六月三日に賜ったものであることがあきらかになります。だから、この書が柳沢家に伝わり、さらにそれが柳沢文庫に入っているのですね。おそらく将軍からの拝領品ということで大切に大切に保管されていたのではないでしょうか。保存状態も幸いにして良いままに残されています。
 この綱吉が治めた元禄期を中心とした時代は江戸幕府の統治方針が武断主義(軍事的な考えや制度にもとづくやり方)から文治主義(法や儀礼などを重んじるやり方)へと大きく転換し、朱子学の確立をはじめとして多くの文化が芽吹いた時代でした(「元禄文化」)。それを将軍の立場からおしすすめたのが綱吉だったのです。彼はたいへんな学問好きの将軍で、江戸城中では彼によりたびたび論語などの講釈がおこなわれています。また、将軍のお成りといって、家臣の屋敷に出かけた際には能とともに必ず論語などの講釈がおこなわれています。
 綱吉自身は学識がそう深かったというわけではありませんが、文化人たちの後援者となって文芸を奨励しました。また、綱吉とコンビを組み、こうした文化振興に大きな役割を果たしたのが、本書を拝領した吉保です。この二人は、生類憐れみの令や赤穂浪士事件をはじめとした政治面から為政者としてはとかく悪評をたてられています。なかには、何の根拠もない俗説だけをもとにしたひどい評価も少なくありません。彼らがまったく為政者として失策がなかったというつもりはありませんし、また清廉潔白に生きて何の曇りもなかったとはいえないと思います。しかし、人物の評価ははたして一面だけをとりあげてなされるべきものでしょうか。やり方にいろいろと問題はあったかもしれませんが、この書にも表れています綱吉が強調した儒学にもとづいた精神などはけっして間違いとはいえないと思います。
 綱吉にしても、吉保にしてももう少しトータルな面から再評価が進められると良いなあと思いつつ、短めですが、今回の館蔵名品珍品あれこれを終わらせていただきたいと思います。今度こそ今度こそ近いうちにまた更新できることを念じまして。付け足しですが、開催中の秋季特別展の方もぜひぜひお越しくださいね。

(本館学芸員 西村幸信 20051008)  


館蔵珍品名品あれこれ
第1回「六義園絵巻」 第2回堯山書「放下放不下」「以弱勝強」
第3回柳里恭「恨別詩」 第4回「荻生徂徠書状」
第5回霊元上皇下賜硯・霊芝 第6回「郡山八景和歌」・「和州郡山八景」
第7回「郡山町名尽」 第8回明治時代の引札
第9回徳川綱吉書「過則改勿憚」 第10回柳沢吉里画「柿本人麻呂像」
第11回スクラップブック 第12回朱印状・領知目録
第13回柳沢吉保和歌懐紙二幅 第14回柳沢吉里画「武田二十四将図」
第15回柳沢信鴻画「山水図」 第16回柳沢保申書「在知人在安民」
第17回「柳澤家中旗指物図」・「旗本備立図」