第96回日本皮膚科学会総会 (H9/4/11-13)

岡山大学主催により、第96回日皮会総会がおこなわれ、そこに提供されたアトピー性皮膚炎関連の演題について紹介します。私というフィルターを通します関係上、演者の意図にそぐわない点、あるいは細かい誤りなどもあろうかと思います。どうぞお気づきの方はshuzo@mahoroba.or.jpまで遠慮無くご指摘下さい。


●「アトピー性皮膚炎の難治化機序と治療」 

--要旨--
○青木敏之先生(大阪府立羽曳野病院)
そろそろ局所療法を病変別に選択していく必要があるのでは? 紅斑、湿疹にはステロイド、非ステロイド剤、亜鉛華軟膏を、 苔癬、痒疹にはカチリ、カプサイシン、温熱療法を、湿潤、ビランにはイソジン、抗生物質を、海水浴と紫外線は病変を問わず、といった具合に。
○田中洋一先生(長崎大学)
アトピー性皮膚炎皮疹部ではIgEのレセプターも単球、ラングハンス細胞、好酸球に強く発現している。また、皮疹部のリンパ球、好酸球はIL-5を増産しており、とくに好酸球はIL-5に対するレセプターを持っているのでAutocrineに増悪する機序の説明になりうる可能性がある。
○今山修平先生(九州大学)
皮膚における非特異的感染防御物質であるIgAは汗の中に含まれ、細菌の皮膚接着を阻害しているが、アトピー患者ではこのIgAが有為に低下している。しかし、汗の総量や末梢血のIgAは健常人と大差がない。IgAを血中から汗へ運ぶための汗腺細胞中のSecretoryComponentが少なくなっている為に起こるということが最近わかってきた。また、皮膚のセラミドを分解する細菌があることも知られるところとなりつつある。
--印象--
アトピー性皮膚炎患者の外用療法は教科書的にこうすべきだ、というようなスタンダードなものやこういうときにはこういう処方に変更すべしと明示した指導的なものが存在せず、主として医者の主観まかせになっているところがある。ゆえに医者の自由度が広く医師の経験が大事になるのだが、逆に教育面では欠点が際だってしまう。
卒後間もない皮膚科研修医・他の専門を持つ皮膚科標榜医がなかなか外用療法をマスターしにくく、自分なりの経験をつかむまでの数年間にある程度患者に迷惑を与える可能性があるという点である。皮膚科研修医の場合は歳月と共に皮膚科専門の諸先輩から丁寧な、ときには手厳しい指導を受ける機会に恵まれているが、開業と同時に自分の専門科に付け足して皮膚科の看板をあげてしまった医師にはこうした機会が無く、マニュアルもないので勉強のしようもない。青木先生のいわれるような外用スタンダードの確立と公開が切望される。
今山先生はIgA分泌因子の低下を明らかにされた。この異常がアトピー性皮膚炎の症状にどれ程寄与するものなのかは不明であるが、アトピー皮膚における易感染性をうらづける機構として注目される。


●「アトピー性皮膚炎の治療-特殊療法をめぐって」

--要旨--
○塩水による治療:向井秀樹先生(横浜労災)
100ccの純水に自然塩を小さじ一杯程度いれた塩水で皮疹部を洗浄することで外用剤なしに症状が軽快する患者がいる。単独での改善度は小児で66%、成人で40%程度。この塩水は黄色ブドウ球菌には殺菌作用はない。その効果はかゆみを止める作用によると思われる。副作用は刺激感と乾燥症状であった。あくまでも夏向きの療法として有用。
○強酸性水による治療:長野拓三先生(長野皮膚科)
タオルに強酸性水を含ませ、2分間顔に湿布し、これを5回繰り返す。これを1日に4回施行した。通常の水道水での湿布ではほぼ全員がよくならないが、強酸性水では約半数の患者に改善が認められた。しかし強酸性水による除菌効果は思いの外低く、効果の機序は不明であるが、患者はかゆみの軽快をよく口にする。成人症例で顔に皮疹が限局した症例でステロイドを拒否する患者に主に施行している。
○特殊療法:宇田川晃先生(宇田川皮膚科クリニック)
各種の民間療法や健康食品について紹介。会場からも、各種民間療法で悪化、あるいは一時的に軽快していてもお金が続かなくなるとひどいリバウンドが来たなどの意見がだされた。
○自己療法と民間療法:木下敬介先生(木下皮膚科医院)
皮膚科に来るアトピー性皮膚炎患者中、3人に2人が何らかの自己療法、民間療法をすでに施行し、悪化した患者である。こうした患者中にはmiserableな症状を呈した方も多く、そうさせてしまっている原因の一つには多くの皮膚科医の3分診療にも責任がある。

--印象--
塩水による皮疹の改善を紹介された向井先生によると、その効果は自然の岩塩を使用したときにのみ認められ、精製食塩水はダメであったと。では両者の違いは何か、現在Mgイオンを中心に検索中とのこと。これからも症例を重ねると同時に効果発現機構の研究が大切。
強酸性水があまり皮膚細菌数に影響を与えないことは意外であった。ではなぜにきく例があるのか?こちらも効果発現機構の究明が待たれる。ただ、会場からは、医師自らが患者と真剣に向き合って同じ時間を過ごすことで患者の精神的な面に訴えているのではないかとの意見が出された。


●アトピー性皮膚炎にたいするウーロン茶の臨床効果:上原先生(滋賀医大)
--要旨--
ステロイド剤と抗アレルギー剤で治療中のアトピー性皮膚炎患者で、3−6ヶ月間症状が安定している患者を対象に従来治療を継続しながら2.5倍濃度の濃縮ウーロン茶を一日400ml投与し、4週間後に判定した。著効18%、有効46%、やや有効15%、無効17%、悪化3%であった。その効果は肥満細胞の脱顆粒抑制と、遅延型過敏反応の抑制によると考えられた。
--印象--
顔面に高度の皮疹が持続する成人型においてはステロイドが非常に効きにくい症例が存在し、治療に苦慮することが多い。本研究はプラセボコントロールはおいていないものの、マウスをつかった実験で既に現象的には一部説明が付く研究がなされており、また非常に簡便(ウーロン茶を1日1Lのむだけ)であるので早速試してみようという医師も多いであろう。




●生後2カ月までのミルク摂取は牛乳アレルギーの成立を抑制する:片岡先生(府立羽曳野)
--要旨--
アトピー性皮膚炎乳児において、生後1ヶ月から4ヶ月までの早期に人工乳を開始した患児の牛乳に対するRAST値は、4ヶ月まで母乳のみしか摂取していない患児のそれに比べて有為に低値であった。
--印象--
乳幼児アトピー性皮膚炎では高率に卵白や大豆など、食物タンパク質に対するアレルギーが認められるが、除去食によって症状の改善は早まるものの免疫寛容に至るには通常食摂取に比べて長期間を要する可能性があることが示唆されたように思う。

●成人型アトピー性皮膚炎に対する治頭瘡一方の治療効果
     山本泉先生
--要旨--
従来治療に併用する形で使用。対象は顔面の皮疹が高度なアトピー性皮膚炎と脂漏性皮膚炎患者46名。うち、アトピー性皮膚炎に関しては著名改善26%、改善22%、軽度改善25%で、ステロイド、抗アレルギー剤の併用療法として有用であった。比較的体力があって顔のほてり感の強い症例に進められる。副作用は下痢。
--印象--
漢方治療は近年難治例の増加と共にエキス製剤の処方を取り入れる医師が増加中である。従来治療に組み合わせることで良い結果が得られるようだ。


●ランチョンセミナー
アトピー性皮膚炎治療の問題点
--要旨--
○ステロイドの使い方と問題点:玉置邦彦先生(東京大)     
ステロイド外用剤は1952年以来各種の炎症性皮膚疾患に対し優れた功績を挙げているが、その使用方法いかんによっては副作用がでることは言うまでもない。しかし近年のことさらにその副作用のみに焦点を当てた報道とそれに影響されてステロイドを拒否する患者が急増しているという現実がある。ここで今一度検証したい。まず、外用療法が全身に与える副作用の指標として、あるステロイド剤の開発、実験段階のデータを示す。血中コーチゾルの低下とACTHの上昇を指標とした副腎機能不全誘導性のデータをあげる。おおむね一日10g以上の外用を継続的に2週間程度施行しないと副腎機能の低下は生じないことがわかる。(市販されているどのランクのステロイドであったかについては語られなかったが、おそらくデルモベート)先般施行した患者アンケートによると、1日のステロイド使用量は2g未満であったことから、外用のみではこうした全身性の副作用は非常に起こりにくいことがわかる。おなじステロイドを一日2g程度、14週外用を続けた結果も副腎機能正常というものであった。次に、従来ステロイドの局所的副作用としては教科書的な記載や報告に乏しく、ステロイドの新たな副作用ではないかといわれている赤ら顔、頸部の色素沈着、網膜剥離について検証する。東大関連の多施設で行った詳細な患者アンケートを分析したところ、赤ら顔はステロイドのトータル使用量とは相関せず、患者の重症度と相関する傾向が認められた。頸部の色素沈着は相関する事象なし。(だったと思います)むろんステロイドのトータル使用量とも相関しなかった。網膜剥離についてはステロイド外用剤開発前よりアトピー性皮膚炎患者における鈍的外傷性の網膜剥離報告が多数あり、これもステロイドの副作用ではないとするのが妥当である。
○保湿剤の使い方:上出良一先生(慈恵医大)      
表皮、角層に現在同定される多種多様な保湿因子、保湿機構について細かく解説。このなかで、いかに刺激性の低いワセリンといえども皮膚本来の保湿機能(たとえば脂質二重膜構造)を高める作用はないのであるから、漫然と使用せず、症状をみながら塗らずにすむようなら減量していくべきで、今後は単なる保湿剤ではなく本来の保湿メカニズムを補充する機能性の薬剤の開発が進むべき方向であろう。

--印象--
赤ら顔は成人アトピー性皮膚炎患者のステロイドが効きにくい患者に広く共通してみられる症状であり、ここ10年間、急速に増加している印象を受ける。これがステロイド外用剤の副作用なのかどうかは今の所わからない。玉置先生は赤ら顔はステロイド外用量と相関しないと述べられた。しかしこの事実だけではステロイドに向けられた疑いをはらすには不十分ではないか?ステロイドのランクと外用頻度、リバウンドの回数と湿潤性紅斑の持続期間など、ステロイドの使用方法との詳しい関連を調査する必要があるように思われた。
保湿剤については今後、生体がもつ保湿因子、保湿物質の研究と機能性の保湿剤の開発が期待される点、おおいに共感を覚えた。


●シンポジウム
「アトピー性皮膚炎・どこまでが正しい治療か?」

--要旨--

○ステロイド外用療法の適応と非適応 古江増隆先生
  近年マスコミの影響を受けてステロイド外用剤に対し過度の恐怖心を抱く患者、家族が増加しているが、現在においてもステロイド外用剤がアトピー性皮膚炎の対症療法として優れたものであると考えられる。しかし、ステロイド剤はあくまで対症療法であるが故に症状のコントロールをして比較的きれいな状態に皮膚を保ちつつやがて訪れる自然治癒を気長に待ちましょうというスタンスの治療法でもある。通常のアトピー性皮膚炎とステロイド外用剤のリバウンド時においてはステロイド漸減療法をとるのが妥当であろう。症状を十分押さえ込めるランクの薬剤の短期投与から開始し、症状の改善と安定をみればランクを落とす、塗る回数を減らす、あるいは間歇投与にゆっくりもっていく。減らすときにはほんのすこし症状がでる程度を目安にやや波をつけて減らしていく方がよいように思われる。一方、反対の漸増療法の適応として、短期間での自然治癒が高率な乳幼児、感染症合併例、皮膚萎縮線条のあるとき、外用していても効果のない時があげられる。

○脱ステロイドの対象と限界 玉置昭治先生
6年ほど前はステロイドをやめればよくなる患者が多く、積極的に脱ステロイド療法をすべてのアトピー性皮膚炎患者に勧めた時期があったが、その後症例を重ねるにつれ、その効果の限界を認識するに至っている。しかし脱ステロイドを希望して受診される患者は今なお後を絶たない。現在ではそういう患者さんに対し、今のところステロイドしか効く薬がないことを理解してもらうようにつとめ、理解が得られない場合にのみ脱ステロイド療法、即ちステロイド以外の薬のみで治療を組み立てる、ということを行っている。ステロイドをすでに使用している重症例でもむろん即座にやめるようなことはせず、休薬日をおいて外用剤を漸減してもらい、その間に気分転換や生活習慣の是正に努めてもらい、ストレスの軽減やスキンケアを指導している。


○アトピー性皮膚炎における外用剤の評価 遠藤薫先生
非ステロイド外用剤による接触皮膚炎を最近6年間の入院アトピー性皮膚炎患者数百人で調べたところ、実に21.5%の患者にパッチテスト陽性の所見が得られた。元来湿疹を抑えるために開発され、販売されている薬剤であるのに、これほど多数のアトピー性皮膚炎患者にとっては単に現病の増悪因子になっているという現実がある。重症患者、紅斑苔癬型の患者にとりわけ高率であった。また、ワセリンですら塗るとかゆいと訴える患者が少なくない。こうしたアトピー性皮膚炎患者に実際にワセリンを塗ってもらい、皮膚温の変化をサーモグラフィーで測定したところ、5人中4人で皮膚温の速やかな上昇が認められた。正常人にはこうした現象は起こらず、今後も検討を重ねる必要がある。高度に皮膚バリアが破壊された症例に対しては、どのような外用剤でも増悪因子となる可能性があるのかもしれない。


○難治症例に対する抗真菌剤の適応と問題点 北村和子先生
カンジダ及びマラセチアに対してRASTが高値を示す重症アトピー性皮膚炎患者を対象に、腸管非吸収性抗真菌剤アンホテリシンBおよび腸管吸収性抗真菌剤イトラコナゾールを内服投与し、症状改善率を検討したところ、従来治療は継続していたが約60%の改善率が得られた。


○漢方療法の実際 諸橋正昭先生
難治性アトピー性皮膚炎に対する漢方医学的治療の選択について解説。


○アトピー性皮膚炎と海水浴-深層水の臨床応用 飯倉洋治先生
1週間の海水浴キャンプが小児アトピー性皮膚炎に有用であったことを報告。一回1時間半程度の海水浴、水遊びを一日二回行い、海水浴後はよくシャワーで海水を洗い流し、外用療法はシャワー後一日二回継続して行っていた。さらに海水浴にイルカとのスキンシップをとりいれたDolphinTherapyでは海水がしみるからいやだといって海に入らなかった子供たちもすすんで海水浴をするようになり、イルカとのふれあいに感動を覚え、その間かゆみや痛みを感じなかったという。こうした表層水による海水浴は患児に精神的充実感を与え、一方細菌感染の改善、紫外線の止痒効果などがあいまって治療効果をあらわしているものと理解される。一方、深層水はガーゼを原液にひたして患部を清拭し、洗い流す方法をとっているが、好酸球増加、IgE高度上昇、顔面の皮疹が強い患児にとくに有効率が高い。試験管内で患児末梢血リンパ球をPMAとIONOで刺激する実験系で、深層水はIL-2とIFN-rの産生を有為に促進したが、生成食塩水や水道水にはこうした効果は認められなかった。


○消毒療法の評価 秋山尚範先生
一日一回患部をイソジン消毒し、2分後に石鹸で洗浄する方法で各種皮疹に施行。あるレベル以上の細菌数が認められる部位のみで症状の改善が認められた。抗生物質と異なりMRSA誘発例はないが、刺激感のため9%の患者が中止した。また、甲状腺機能異常や刺激性皮膚炎誘発が懸念されるため、あまり細菌が多くない通常のドライスキンなどに用いるべき治療法ではない。


○総括 青木先生
ステロイド外用剤をつかえばそれでよいと考えている皮膚科医はもはやいないと思う。しかし、通常のステロイド療法も脱ステロイド療法もその目指すゴールはほとんど同じところにあるということではないだろうか?

--印象--
古江先生の講演は我々が日頃から行っているステロイド外用療法の勘所を初めて文章にしたという事で、教育的な側面からもよくまとまっており、感心した次第である。脱ステロイド療法で高名な玉置先生の講演では、総括で青木先生が述べられたように、玉置先生がステロイドを使う医師と同じゴールをめざしているのだなと実感した。ワセリンの外用で痒みがでる患児は、パッチテストでは紅斑がでないもののサーモグラフィーでは外用部の皮膚温が上昇するという遠藤先生の報告も大いに注目に値すると思われる。会場からは「患者によって皮膚にあう・あわないはあるだろうからつかいわければよい」などの無責任でこの発表の意味するところに気付いてない意見も多かったが。遠藤先生は、生体本来の皮膚機能を無視した現在の軟膏外用療法すべてにたいして疑問を投げかけているのだが。深層水はまだ臨床的なデータが不足といった印象。海水浴は患者の精神面の高揚と紫外線の止痒効果のため、実際子供のアトピー性皮膚炎患児には有効なのだろうと思う。消毒療法は明らかな感染症状なしには施行すべきでないという印象。