山頭火にふれて

俳人「種田 山頭火」、彼を追いかけるようになったのは、いつの日だったろうか。最初に触れた作品が「分け入っても 分け入っても 青い山」だった。それからだ、彼の足跡を廻り始めたのは。実はそれが四国お遍路に繋がっていったきらいもあるのだが・・・。

 彼は放浪者だ。よく、西行や芭蕉の諸国行脚と関連づける評論家も多いが、全く異なる。西行らは視察ないし取材旅行であったのに対し、山頭火は全くの乞食の放浪である、いわゆる「行乞」である。今晩泊まるあてがない、食べるあてがない、ぎりぎりぎりのところで、本能を磨いていった。

分け入っても分け入っても青い山

まっすぐな道でさみしい

すべってころんで山がひっそり

ほろほろ酔うて木の葉ふる

うしろすがたのしぐれてゆくか

松はみな枝垂れて南無観世音

笠へぽっとり椿だった

雨ふるふるさとはだしであるく

うまれた家はあとかたもないほう
たる

花いばらここの土となろうよ

どうしょうもないわたしが歩いている

鉄鉢の中へも霰