人を戀ふる歌
(三十年八月亰城に於て作る)

1.
妻をめどらば才たけて
顏(みめ)うるはしくなさけある
友をえらばば書を讀んで
六分の侠氣(けふき)四分の熱

2.
戀の命をたづぬれば
名を惜むかなをとこゆゑ
友のなさけをたづぬれば
義のあるところ火をも踏む

3.
くめやうま酒うたひめに
をとめの知らぬ意氣地あり
簿記(ぼき)の筆とるわかものに
まことのをのこ君を見る

4.
あゝわれコレツジの竒才なく
バイロン、ハイネの熱なきも
石をいだきて野にうたふ
芭蕉のさびをよろこばず

5.
人やわらはん業平(なりひら)が
小野(をの)の山ざと雪を分け
夢かと泣きて齒がみせし
むかしを慕ふむらごころ

6.
見よ西北(にしきた)にバルガンの
それにも似たる國のさま
あやふからずや雲裂(さ)けて
天火(てんくわ)ひとたび降らん時

7.
妻子(つまこ)を忘れて家をすて
義のため耻をしのぶとや
遠くのがれて腕(うで)を摩(ま)す
ガリバルヂイや今いかん

8.
玉をかざれる大官は
みな北道(ほくだう)の訛音(なまり)あり
慷慨(かうがい)よく飮む三南(さんなん)の
健兒は散じて影もなし

9.
四たび玄海の浪(なみ)をこえ
韓(から)のみやこに來てみれば
穐の日かなし王城や
むかしにかはる雲の色

10.
あゝわれ如何(いか)にふところの
剣(つるぎ)は鳴(なり)をしのぶとも
むせぶ涙を手にうけて
かなしき歌の無からんや

11.
わが歌ごゑの高ければ
酒に狂ふと人の云へ
われに過ぎたる希望(のぞみ)をば
君ならではた誰か知る

12.
「あやまらずやは眞ごころを
君が詩いたくあらはなる
むねんなるかな燃ゆる血の
價(あたい)すくなきすゑの世や

13.
おのずからなる天地(あめつち)を
戀ふるなさけは洩(もら)すとも
人を罵(ののし)り世をいかる
はげしき歌を祕めよかし

14.
口をひらけば嫉(ねた)みあり
筆をにぎれば譏(そし)りあり
友を諫(いさ)めに泣かせても
猶(なお)ゆくべきや絞首臺

15.
おなじ憂ひの世にすめば
千里のそらも二つ家
おのが袂(たもと)と云ふなかれ
やがて二人のなみだぞや」

16.
はるばる寄せしますらをの
うれしき文(ふみ)を袖にして
けふ北漢の山のうへ
駒たてて見る日の出づる方(かた)

《参考文献》
「日本の詩歌」第4巻、25ページ、中央公論社、昭和43年
「明治文学全集」第51巻、77ページ、筑摩書房、昭和43年

情報をメールで送ってくださった三井さん、ありがとうございました。m(..)m (2004/05/21)