「鉄道唱歌(東海道篇)」

大和田建樹作詞・多梅稚(おおのうめわか)作曲

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一  汽笛一声(いっせい)新橋を
はや我(わが)汽車は離れたり
愛宕(あたご)の山に入りのこる
月を旅路の友として
(新橋)



右は高輪(たかなわ)泉岳寺
四十七士の墓どころ
雪は消えても消えのこる
名は千載(せんざい)の後(のち)までも
窓より近く品川の
台場も見えて波白く
海のあなたにうすがすむ
山は上総(かずさ)か房州か
(品川)



梅に名をえし大森を(注)
すぐれば早も川崎の
大師河原(だいしがわら)は程ちかし
急げや電気の道すぐに

(注) 「大森を」の部分を、「大森の」とミスタイプしておりました。
栗林さんに教えていただきました。ありがとうございます。(2005/05/26)

(大森)
(川崎)


鶴見神奈川あとにして
ゆけば横浜ステーション
湊を見れば百舟(ももふね)
煙は空をこがすまで
(鶴見)(神奈川)
(横浜)
(保ヶ谷)
(戸塚)
横須賀ゆきは乗換と
呼ばれておるる大船の
つぎは鎌倉鶴ヶ岡
源氏の古跡(こせき)や尋ね見ん

(大船)
(鎌倉)

八幡宮(はちまんぐう)の石段に
立てる一木(ひとき)の大鴨脚樹(おおいちょう)
別当公暁(くぎょう)のかくれしと
歴史にあるは此蔭(このかげ)
ここに開きし頼朝(よりとも)
幕府のあとは何かたぞ
松風さむく日は暮れて
こたえぬ石碑は苔あおし
北は円覚建長寺
南は大仏星月夜
片瀬腰越(こしごえ)江の島も
ただ半日の道ぞかし

汽車より逗子(ずし)をながめつつ
はや横須賀に着きにけり
見よやドックに集まりし
わが軍艦の壮大を
(逗子)
(横須賀)



支線をあとに立ちかえり
わたる相模(さがみ)の馬入川(ばにゅうがわ)
海水浴に名を得たる
大磯みえて波すずし
(藤沢)(茅ヶ崎)
(平塚)

(大磯)

国府津(こうづ)おるれば馬車ありて
酒匂(さかわ)小田原とおからず
箱根八里の山道も
あれ見よ雲の間より
(国府津)
(松田)



いでてはくぐるトンネルの
前後は山北小山(やまきたおやま)
今もわすれぬ鉄橋の
下ゆく水のおもしろさ

(山北)(小山)



はるかにみえし富士の嶺(ね)
はや我そばに来(きた)りたり
雪の冠(かんむり)雲の帯
いつもけだかき姿にて
(御殿場)
(佐野)



ここぞ御殿場(ごてんば)夏ならば
われも登山をこころみん
高さは一万数千尺(すせんじゃく)
十三州もただ一目(ひとめ)

三島は近年ひらけたる
豆相(ずそう)(注)線路のわかれみち
駅には此地(このち)の名をえたる
官幣大社(かんぺいたいしゃ)の宮居(みやい)あり

(注) ここを「豆総」と誤記しておりました。伊豆と相模ですから、「豆相」が正解。
瀧内さんに教えていただきました。ありがとうございます。(2008/03/21)

(三島)




沼津の海に聞えたる
里は牛伏我入道(うしぶせがにゅうどう)
春は花さく桃のころ
夏はすずしき海のそば
(沼津)


(鈴川)

鳥の羽音におどろきし
平家の話は昔にて
今は汽車ゆく富士川を
下るは身延(みのぶ)の帰り舟



(岩淵)(蒲原)

世に名も高き興津鯛(おきつだい)
鐘の音ひびく清見寺(せいけんじ)
清水につづく江尻より
ゆけば程なき久能山(くのうざん)
(興津)

(江尻)


三保の松原田子の浦
さかさにうつる富士の嶺(ね)
波にながむる舟人(ふなびと)
夏も冬とや思うらん

駿州(すんしゅう)一の大都会
静岡いでて阿倍川(注)
わたればここぞ宇津の谷(うつのや)
山きりぬきし洞(ほら)の道

(注) 現在の「安倍川」ですね。
鉄道唱歌発表当時の歌詞をネット検索してみますと、『阿倍川』や『阿部川』と表記した
ものがほとんどでした。ここでは当初参照した金田一春彦/安西愛子編「日本の唱歌〔上〕」
の表記である「阿倍川」としておきます。(2014/05/28)


(静岡)



(さや)より抜けておのずから
草なぎはらいし御剣(みつるぎ)
御威(みいつ)は千代(ちよ)に燃ゆる火の
焼津の原はここなれや



(焼津)

春さく花の藤枝も
すぎて島田の大井川
むかしは人を肩にのせ
わたりし話も夢のあと
(藤枝)
(島田)

(金谷)

いつしか又も暗(やみ)となる
世界は夜かトンネルか
小夜の中山夜泣石(よなきいし)
問えども知らぬよその空

(堀之内)



掛川袋井中泉
いつしかあとに早(はや)なりて
さかまき来る天竜の
川瀬の波に雪ぞちる
(掛川)(袋井)(中泉)

(天竜川)


この水上(みなかみ)にありと聞く
諏訪(すわ)の湖水の冬げしき
雪と氷の懸橋(かけはし)
わたるは神か里人か

琴ひく風の浜松も
菜種に蝶の舞坂(まいさか)
うしろに走る愉快さを
うたうか磯の波のこえ
(浜松)
(舞坂)



煙を水に横たえて
わたる浜名の橋の上
たもと涼しく吹く風に
夏ものこらずなりにけり

右は入海(いりうみ)しずかにて
空には富士の雪しろし
左は遠州洋(えんしゅうなだ)近く
山なす波ぞ砕けちる
(鷲津)

(二川)


豊橋おりて乗る汽車は
これぞ豊川稲荷道
東海道にてすぐれたる
海のながめは蒲郡(がまごおり)
(豊橋)
(御油)

(蒲郡)

見よや徳川家康の
おこりし土地の岡崎を
矢矧(やはぎ)の橋に残れるは
藤吉郎のものがたり

(岡崎)(安城)

(苅谷)(大府)

鳴海しぼりの産地なる
鳴海に近き大高(おおたか)
(くだ)りておよそ一里半
ゆけば昔の桶狭間(おけはざま)
(大高)




めぐみ熱田(あつた)の御(み)やしろは
三種の神器(じんぎ)の一つなる
その草薙(くさなぎ)の神つるぎ
あおげや同胞四千万
(熱田)




名だかき金の鯱(しゃちほこ)
名古屋の城の光なり
地震のはなしまだ消えぬ
岐阜の鵜飼(うかい)も見てゆかん

(名古屋)(清洲)

(一ノ宮)(木曽川)(岐阜)

父やしないし養老の
滝は今なお大垣を
三里へだてて流れたり
孝子(こうし)の名誉ともろともに

(大垣)

(垂井)

天下の旗は徳川に
帰せしいくさの関ヶ原
草むす屍(かばね)いまもなお
吹くか胆吹(いぶき)の山おろし

(関ヶ原)



山はうしろに立ち去りて
前に来(きた)るは琵琶の海
ほとりに沿いし米原は
北陸道(ほくろくどう)の分岐線
(長岡)

(米原)

彦根に立てる井伊の城
草津にひさぐ姥ケ餅(うばがもち)
かわる名所も名物も
旅の徒然(とぜん)のうさはらし
(彦根)
(河瀬)
(能登川)
(八幡)

いよいよ近く馴れくるは
近江の海の波のいろ
その八景も居ながらに
見てゆく旅の楽しさよ
(野洲)
(草津)
(馬場)


瀬田の長橋横に見て
ゆけば石山観世音
紫式部が筆のあと
のこすはここよ月の夜に

粟津(あわづ)の松にこととえば
答えがおなる風の声
朝日将軍義仲の
ほろびし深田(ふかだ)は何(いず)かたぞ

比良(ひら)の高嶺は雪ならで
花なす雲にかくれたり
矢走(やばせ)にいそぐ舟の帆も
みえてにぎおう波の上

堅田(かたた)におつる雁(かり)がねの
たえまに響く三井の鐘
夕ぐれさむき唐崎(からさき)
松には雨のかかるらん

むかしながらの山ざくら
におうところや志賀の里
(みやこ)のあとは知らねども
逢坂山(おうさかやま)はそのままに



(大谷)

大石良雄が山科(やましな)
その隠家(かくれが)はあともなし
赤き鳥居の神さびて
立つは伏見の稲荷山
(山科)


(稲荷山)

東寺の塔を左にて
とまれば七条(しちじょう)ステーション
京都々々と呼びたつる
駅夫のこえも勇ましや

(京都)



ここは桓武(かんむ)(注)のみかどより
千有余年の都の地
今も雲井の空たかく
あおぐ清涼紫宸殿(せいりょうししんでん)

(注) 四七番の歌詞中の「武」を「武」と間違えていました。
Furusawaさんにご指摘いただきました。ありがとうございます。(2006/12/31)


東に立てる東山
西に聳(そび)ゆる嵐山
かれとこれとの麓ゆく
水は加茂川桂川

祇園清水(きよみず)知恩院(ちおんいん)
吉田黒谷(くろだに)(注)真如堂(しんにょどう)
ながれも清き水上(みなかみ)
君がよまもる加茂の宮

(注) 「黒谷」の読みを「くろに」としておりましたが、正しくは「くろに」でした。
栗林さんにご指摘いただきました。ありがとうございます。(2005/06/01)



夏は納涼(すずみ)の四条橋
冬は雪見の銀閣寺
桜は春の嵯峨御室(おむろ)
紅葉(もみじ)は秋の高雄山(たかおやま)

琵琶湖を引きて通したる
疏水(そすい)の工事は南禅寺
岩切り抜きて舟をやる
知識の進歩もみられたり

神社仏閣山水の
(ほか)に京都の物産は
西陣織の綾錦(あやにしき)
友禅染の花もみじ

(おうぎ)おしろい京都紅(べに)
また加茂川の鷺(さぎ)しらず
みやげを提(さ)げていざ立たん
あとに名残(なごり)は残れども



(向日町)

山崎おりて淀川を
わたる向うは男山
行幸(ぎょうこう)ありし先帝の
かしこきあとぞ忍ばるる
(山崎)




淀の川舟さおさして
くだりし旅はむかしにて
またたくひまに今はゆく
煙たえせぬ陸(くが)の道

おくり迎うる程もなく
茨木吹田(すいた)うちすぎて
はや大阪につきにけり
梅田は我をむかえたり
(高槻)
(茨木)(吹田)
(大阪)


三府(さんぷ)の一(いつ)に位して
商業繁華の大阪市
豊太閤(ほうたいこう)のきずきたる
城に師団はおかれたり

ここぞ昔の難波(なにわ)の津
ここぞ高津(こうづ)の宮のあと
安治川口(あじかわぐち)に入る舟の
煙は日夜たえまなし

鳥も翔(かけ)らぬ大空に
かすむ五重の塔の影
仏法最初の寺と聞く
四天王寺(してんのうじ)はあれかとよ

大阪いでて右左
菜種ならざる畑(はた)もなし
神崎川(かんざきがわ)のながれのみ
浅黄(あさぎ)にゆくぞ美しき


(神崎)


神崎(かんざき)よりはのりかえて
ゆあみにのぼる有馬山(ありまやま)
池田伊丹(いたみ)と名にききし
酒の産地もとおるなり

(西ノ宮)
(住吉)
(三ノ宮)

神戸は五港(ごこう)の一つにて
あつまる汽船のかずかずは
海の西より東より
瀬戸内がよいも交じりたり
(神戸)




磯にはながめ晴れわたる
和田のみさきを控えつつ
山には絶えず布引(ぬのびき)
滝見に人ものぼりゆく

七度(ななたび)うまれて君が代を
まもるといいし楠公(なんこう)
いしぶみ高き湊川(みなとがわ)
ながれて世々の人ぞ知る

おもえば夢か時のまに
五十三次はしりきて
神戸のやどに身をおくも
人に翼の汽車の恩

明けなば更に乗りかえて
山陽道を進ままし
天気はあすも望(のぞみ)あり
柳にかすむ月の影


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