「散歩唱歌」

大和田建樹作詞・多梅稚作曲/明治34年

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     春     


(きた)れや友よ 打(うち)つれて
愉快に今日は 散歩せん
日は暖かく 雲はれて
けしき勝(すぐ)れて よき野辺(のべ)


空気の清き 野にいでて
唱歌うたわん もろともに
急げ 花ある処(ところ)まで
急げ 草摘(つ)む処まで


見返るあとに 霞(かす)みつつ
立てるは 村の松の影(かげ)
(われ)(ゆ)く先に 心地(ここち)よく
(おど)るは 川の水の声


踏めば 音ある板橋を
渡る袂(たもと)に 吹き来るは
もつれし土手の 糸柳(いとやなぎ)
ときしあまりの 春の風


黄なる菜のはな 青き麦
(にしき)と見ゆる 野のおもの
ここやかしこに おりのぼる
雲雀(ひばり)の歌の おもしろさ


長き日ぐらし 舞い狂う
ちょうちょうは 羽も疲るらん
(しば)しは休め ここに来て
吾等(われら)も休む 芝原(しばはら)


やさしき花の 菫(すみれ)ぐさ
うしろに五つ 前に三(み)
(さき)なる友は 残したり
あとなる友よ 踏み折るな


うす紅(くれない)に 立つ雲と
見えたる岡の さくら花
(つぼみ)もあらず 散りもせぬ
(さかり)にあえる うれしさよ


やよや 梢(こずえ)の鶯(うぐいす)
うたえや われらに声そろえ
春の日影(ひかげ)は なお高し
われらの歌は まだ尽きず

10
手帳 鉛筆 取りいだし
ここの景色も 写しみん
向うの畑を 打つ人の
笠は 手本の中にあり

11
宮のうしろの 山高く
登れば 谷の岩蔭(いわかげ)
(わらび)取る子も 見ゆるなり
つつじ折る子も 見ゆるなり

12
あの藤ほしや いかにせん
仰げば 岸はいと高し
招くに似たる 紫の
房は 松より曲りたり

13
水を離れて 一二寸(いちにすん)
出でたる小田(おだ)の 苗代(なわしろ)
はや青々と なりにけり
田植はいつぞ 六月か

14
名残(なごり)は あとに残れども
またこの次の 日曜を
約していざや 別れまし
さらば胡蝶(こちょう)よ 春風よ

15
愉快に 今日は遊びたり
明日は 学科を怠るな
身を健康に なす事も
国に報いん ためなるぞ


     夏     


すずしき流れ 清き風
夏こそ 野辺に来りたれ
散歩の時は 今なるぞ
すごすな あだに休み日(び)


日はあつからず 寒からず
雲なき空の ここちよや
若葉の中に 咲き残る
躑躅(つつじ)たずねん もろともに


道のかたえに 池ありて
緋鯉(ひごい)のあそぶは 誰(た)が宿ぞ
むらさき匂う 杜若(かきつばた)
花は 燕(つばめ)の飛ぶに似て


水のあなたに 曝(さら)したる
(きぬ)の岸打つ 白波(しろきなみ)
近より見れば 卯の花の
さかりは今ぞ 面白や


雲雀の歌の 聞ゆるは
村のうしろの 麦畑
茶摘にゆきて 帰り来る
少女(おとめ)の声は 木蔭(こかげ)より


麦笛吹きて 遊ぶ子よ
いちごのあるは どの山ぞ
茂る夏草 ふみわけて
滝ある谷の しるべせよ


撫子(なでしこ)つくる 垣ねには
おるや 赤地(あかじ)の唐錦(からにしき)
牡丹(ぼたん)のあとに 咲きつづく
芥子(けし)も美し 百合(ゆり)もよし


田植近づく 田の水に
よべば答えて なく蛙(かわず)
思わぬ方(かた)に 声するは
水鶏(くいな)と 友は教えたり


むすびは 腰にたずさえつ
草鞋(わらじ)は 足にはきしめつ
千里の道も 物ならず
暮れなば暮れよ いざ歌え

10
歌声かれぬ 谷の水
遊びつかれぬ 森の鳥
皆わが友よ 夕月の
かげみるまでは いざ歌え


     秋     


秋空はれて 日は高し
今こそ 吾等が散歩時
(すすき)は 野辺に招くなり
小鳥は 森に呼ぼうなり


呼ぼう小鳥は 何々ぞ
雀 山雀(やまがら) もず うずら
わかれし春の 雁(かり)がねは
竿(さお)になりてぞ 飛び渡る


招く薄(すすき)に 咲きまじる
花は糸萩(いとはぎ) 女郎花(おみなえし)
かしこもここも 七草の
盛り美し 見に行かん


飛び立ついなご おいかけて
稲の中ゆく 畔(あぜ)の道
ゆくさき問えど 答えぬは
笠きて立てる 案山子(かかし)なり


鳴子(なるこ)の音に 驚きて
空にむれ立つ むら雀
見る見る渡る 石橋の
上はあぶなし 心せよ


羽を広ぐる 蛍かと
見ゆるは 土手の蛍草
休みて またも飛んで行く
とんぼの羽に 風すずし


休みて行かん いざ友よ
腰懸岩(こしかけいわ)も ここにあり
帽子にかざす 花の香を
おいくる蝶(ちょう)も 二つ三つ


むこうの山に 聞ゆるは
草刈る人の 歌の声
われも歌わん 声高く
日頃習いし 唱歌をば


山にのぼれば 海広く
みえて白帆は 並びたり
霞も霧も へだてなき
今日の日和(ひより)の 晴れやかさ

10
わが故郷(ふるさと)の 城山に
父と登りて ながめたる
入江の波の 夕げしき
忘れぬ影は 今もなお

11
双眼鏡を 手に取れば
(あり)かと見ゆる 人までも
物いいかわす 心地して
わが目の前に 立てるなり

12
紅葉(もみじ)はいずこ 夜ならば
鈴むし聞きに 籠(かご)さげて
来る人おおき 野辺なるを
昼は 萱(かや)ふく風ばかり

13
道の右より 左より
しげる枝葉の トンネルを
くぐる向うに 青々と
みゆるも嬉し 空の色

14
猟銃(りょうじゅう)さげて 犬つれて
山に猟せん 時は今
(まき)に馬あり 乗るもよし
水に舟あり 漕(こ)ぐもよし

15
川辺に 野辺に 山道に
散歩の庭は 果(はて)ぞなき
からだを 強く養いて
つとめよ 学(まなび)の教え草


     冬     


小春の朝の 空はれて
散歩にいずる 楽しさよ
日はあたたかに 照しつつ
のこれる菊の 香も高し


草葉に 白く置きそめし
霜は 消えたる跡の道
秋のかたみの 紅葉(もみじ)ばも
ぬれて三つ四つ こぼれたり


折れんと思う 山茶花(さざんか)
盛り いつしか過ぎたれど
水には浮ぶ 鴛鴦(おしどり)
つばさ美(うるわ)し 花よりも


鈴かと見えて 遠くまで
光る梢(こずえ)の くだものは
柿か 蜜柑(みかん)か 橙(だいだい)
霜にも枯れぬ 雄々しさよ


すみれをつみて 休みたる
岡べはここか 冬みれば
草の緑も 紫も
あとなく枯れて 風さむし


ひとりわれらを 励ますは
枯野の松の ふか緑
千辛万苦(せんしんばんく)の 後(のち)にこそ
ほまれも 世には知られけれ


うれしや ここの立石は
左へゆけと 示したり
迷わぬ道の 一筋(ひとすじ)
急げや 友のすみかまで


遠き山々 雪見えて
冬のけしきを 添えにけり
散歩の道を 白妙に
埋むるは いつの朝なるぞ


雪ふりつまば 源平(げんぺい)
分れて 君と戦わん
我等が腕を 習志野(ならしの)
原とはここか 面白や

10
六日(むいか)の学科 怠らず
勉めて遊ぶ 楽しさを
知るか 小川の水までも
われをむかえて 歌うなり

(勝承夫作詞の「散歩」はこちら)


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