「花の街」

江間章子作詞・團伊玖磨作曲

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七色(なないろ)の谷を越えて
流れて行く 風のリボン
輪になって 輪になって
かけていったよ
歌いながら(注2) かけていったよ

美しい海を見たよ
あふれていた 花の街よ
輪になって 輪になって
踊っていたよ
春よ春よと 踊っていたよ

すみれ色してた窓で
泣いていたよ 街の角(注1)
輪になって 輪になって
春の夕暮(ゆうぐ)
ひとりさびしく ないていたよ

(注1) この部分を「街の窓」に間違えていました。
げんごろうざえもんさん、ご指摘ありがとうございます。(2001/05/19)

でも、「街の窓」と表記したり歌ったりしている
楽譜集や、CDが結構あるようです。???

愛知県の冨安さんから、メールを頂きました。その一部を転載いたします。
冨安さん、ありがとうございました。(2006/07/19)

(前略)歌詞の下に『でも、「街の窓」と表記したり歌ったりしている楽譜集や、
CDが結構あるようです。???』とありましたので、私が収集した情報が参考
になればと思い、メールを出させていただきました。

どこのサイトから切り出したか、メモを忘れてしまったので思い出せないのです
が、

===== 記事抜粋 ここから =============================================

3番の「街の角で」は「街の窓で」となっている歌集も多いが、江間さんによる
とここは「街の角で」なのだ。

江間さんは、この歌について、次のように書いている。
「花の街」は私の幻想(げんそう)の街です。
戦争が終わり、平和が訪れた地上は、
瓦礫(がれき)の山と一面の焦土(しょうど)に覆(おお)われていました。
その中に立った私は夢を描(えが)いたのです。
ハイビスカスなどの花が中空(なかぞら)に浮(う)かんでいる、
平和という名から生まれた美しい花の街を。
詩の中にある「泣いていたよ 街の角で……」の部分は、
戦争によってさまざまな苦しみや悲しみ
を味わった人々の姿を映したものです。
この詩が曲となっていっそう私の幻想の世界は広がり、
果てしなく未来へ続く「花の街」となりました。
(教育芸術社音楽教科書より)

(gonbe007注記)
江間章子さんの上記の文章は、「〜作詞者の言葉〜」という題
で、教育芸術社「中学生の音楽1」(平成8年1月検定済)及
び同「中学生の音楽2・3下」(平成17年3月検定済)に収録
されています。なお、ふりがな表記は、後者に依りました。
===== 記事抜粋 ここまで =============================================

わたしもそう思いました。「窓」だと、家の中にいるみたいですよね。住む家が
あり、家族があり、と想像してしまうと、そのあとの「一人さびしく」が生きて
こないと思います。ここはやはり、角(=すみっこ?)でないと、ひとりぼっちの
雰囲気がでないと思います。詩人ならではのこだわりだと思います。

江間章子さんって、じつは今回「夏の思い出」で資料集めするまでお名前を知ら
なかったりしていたのですが、戦後の荒廃の中で心に花を持ち続け、戦争に疲れ
暗く沈んでいる人の心にも咲かせようと活動されたんですね。「がんばれ、がん
ばれ!」って応援している江間さんが見えるようです。中学校の音楽の時に教科
書の楽譜どおりに歌ったときにはそんな話を先生もしてくれなかったし、「きれ
いな曲だな」で終わっていました。やっぱり、音楽はそれを作った人の思いをし
っかり受け止めて聴いたり演奏したりすべきだと、江間さんから教えていただい
た思いがします。(後略)

(注2) 一番の歌詞の下線部分は、従来は(現在も)「春よ春よと」と歌われていました。

又吉さんから『この部分は「歌いながら」が正しいのではないか』とのご指摘
メールをいただきました。ありがとうございます。m(..)m (2008/07/16)

又吉さんからのメールで、今頃になって思い出したのですが、5年以上前
に(2003/02/13)、ビクターエンタテインメント株式会社のFさんから、次のよ
うなメールをいただき、その際「脚注で注記します」とご返事しておきながら、
その後全く何の対応していませんでした。申し訳ありません。m(..)m
…………
『「花の街」の一番の歌詞の「春よ春よと〜」の部分は、JASRAC(日
本音楽著作権協会)に確かめたところ、1996年に作詞者の江間章子氏の
確認の上、当該部分は「歌いながら〜」が正しいことに定まっています。
そのような歌詞で、多くの楽譜、レコードが作成されていますが、おそ
らく、作曲者の團伊玖磨氏が作曲の折に、一番も二番も同じく「春よ
春よと〜」で書かれたのではないかと推察します』
(抜粋要約:文責gonbe007)
…………
なぜ、作詞者の江間章子氏は、50年間も放っておいたのでしょう。(2008/07/17)


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