「武夫原頭に」

(旧制五高寮歌。東京帝国大学寄贈之歌)

恵利武作詞・東京音楽学校作曲

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武夫原頭(ぶふげんとう)に草萌えて
花の香(か)甘く夢に入(い)
竜田(たつだ)の山に秋逝(ゆ)いて
(かり)が音(ね)遠き月影に
高く聳(そび)ゆる三寮(さんりょう)
歴史やうつる十余年

(そ)れ西海(さいかい)の一聖地(いっせいち)
濁世(だくせ)の波を永遠(とわ)に堰(せ)
健児が胸に青春の
意気や溢るる五高魂(ごこうこん)
その剛健の質(しつ)なりて
玲瓏(れいろう)照らす人の道

時潮(じちょう)の巡りたゆみなく
移りてここに十年の
思いや狂う湖北(こほく)の地
断雲(だんうん)乱れ飛ぶ所
斬魔(ざんま)の剣(つるぎ)(おと)冴えて
スラブの末路今ぞ見ん

(とき)(かん)にして義(ぎ)を思い
塵世(じんせ)に節(せつ)を偲(しの)ぶかな
ああ新興(しんこう)の気(き)を負いて
浮華(ふうか)の巷(ちまた)にわれ立てば
思いは馳(は)する木訥(ぼくとつ)
流風(りゅうふう)薫る銀杏城(いちょうじょう)

さらば我が友叫ばずや
時と人とを諭(さと)すべく
見よ龍南(りゅうなん)に一道(いちどう)
正気(せいき)ありてぞ日の本の
青年の名に力あり
二十世紀に光あり
二十世紀に光あり

(注1) 巻頭言を、人間環境大学の川口さんに教えていただきました。(2004/03/01)
また、草野さん(熊本大学理学部物理学科卒業)には、巻頭言や歌詞の
読み方及び(注2)の各項目の意味を教えていただきました。(2004/03/15)
川口さん、草野さん、ありがとうございます。m(..)m

なお、下記(注3)のご意見を頂きましたので、「巻頭言」は
歌詞中に置かず、以下に記すことと致します。(2006/01/06)
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巻 頭 言!
仰(あお)げば星斗爛煥(せいとらんかん)として
永遠(えいえん)の真理(しんり)を囁(ささや)く
頭(こうべ)を巡らせば蘇山(そざん)遠々(えんえん)として
我等若人の情熱をそそる
天地(てんち)の恵み豊かなる肥後の一角(いっかく)
立山(りつざん)の麓(ふもと)白川(はくせん)が畔(ほとり)
これぞ我等五高健児(けんじ)の地なり
いざや舞わんかな狂わんかな歌わんかな
我等が剛毅木訥(ごうきぼくとつ)の調べを
武夫原(ぶふげん)頭(とう)に草萌えて
一(あいん) 二(つばい) 三(どらい)
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(注2) 巻頭言及び歌詞中の語句の意味については、次のとおりです。
蘇山(そざん)……阿蘇山のこと。
立山(りつざん)……龍田山(たつだやま)のこと。標高100メールほど。立田山とも書く。
白川(はくせん)……白川(しらかわ)のこと。阿蘇山を源流とし、熊本市内を流れ有明海に注ぐ。
武夫原(ぶふげん)……五高敷地全体のことでは? 現在は熊大本学グラウンドを指す。
龍田(たつだ)の山……五高の北にある龍田山のこと。
湖北(こほく)……熊本市内にある江津湖(えづこ)の北に位置するという意味。江津湖は阿蘇山の伏流水が市内に湧き出してできた湖。熊大漕艇部練習場。
銀杏城(いちょうじょう)……熊本城のこと。ぎんなん城とも言う。
龍南(りゅうなん)……五高のこと。龍田山の南に位置したから。現在も「龍南食道」「龍南荘」などが存在する。

(注3) 巻頭言について、吉田健彦さんからメールを頂きました。(2006/01/06)
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旧制一高会友で、寮歌愛好家の吉田といいます。
さきに五高寮歌「武夫原頭」の巻頭言について、メールしました。前述し
たように、あの巻頭言は、旧制五高の方ではなく、熊本工業専門学校大正
12年卒の方が、旧制佐賀高等学校寮歌の巻頭言をそっくりそのまま真似
て(「不知火」を「阿蘇」などと固有名詞はいいかえておりますが)作っ
たものです。それがあまりに名文なので、新制熊本大学で(恐らく他校の
巻頭言とは知らず)定着したものと思われます。

貴方の寮歌が、旧制五高の寮歌を紹介するものであれば、もともと「武夫
原頭」には巻頭言はなく、この巻頭言を掲載なさるのはいかがなものでし
ょう。

最近、旧制高等学校の方たちが集まる寮歌祭で、五高のライバル「七高」
の寮歌「北辰斜め」の有名な巻頭言「流星落ちて・・・・」に対抗して、
次の巻頭言が用いられることがありますが、ポピュラーとはいえません。
参考までにお知らせしておきます。(ただし、この巻頭言も掲載なさる必
要はないと思います。)

権藤一之(五高・昭和17・9理)作

  「芳草繁き銀杏城頭 遥かに背を屹して遠望せんか 
   東天遥か十有余里 巍巍蜿蜒として天そそる
   大阿蘇の噴煙天に沖し 天柱揺らぎ為に折れんとす
   之正に龍南人が意気を 象徴せるものに非ずて何ぞ
   さらば歌わんかな 武夫原頭 アイン ツバイ ドライ」

昭和11年 習学寮の食堂に掲げられた阿蘇登山の檄文の一部から引用さ
れた。

山口透(五高・昭和23文甲)
  冠 頭 言    *「冠」となっています。
    「見よ龍南に正気あり。
    東に阿蘇の噴煙を仰ぎては血を滾らせし我らが青春
    南や画津の流れに舟浮かべては人世に馳せし我らが想念、
    おお龍南白陽の地に三年の笈を負いにし我等、
    流星ゆき時過ぎて早五十年、又、六十年、
    尚盛んなる龍南三四郎の歌声を聞かずや。
    いざや歌わん哉 躍らん哉 
    我等が剛毅の歌 木訥の調べ「武夫原頭」。
    武夫原頭に草萌えて
    ァイン ツバイ ドライさー」

私も貴方のホームページに比べると貧弱ですが、寮歌のホームページを持
っています。

   http://www5f.biglobe.ne.jp/~takechan/

暇なときに立ち寄ってください。五高寮歌「武夫原頭」が作られた経緯も
若干取り上げています。

旧制高等学校寮歌は、卒業生の方にとっては、学校そのものであり、特に
「武夫原頭」は「五高魂」そのものです。お互い、卒業生の方の心情とい
うものを大切にしていきたいものです。
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