ANSWER 43

1950年代後半〜、世界チーム選手権大会ではイタリアの「ブルーチーム」が覇権を握っていました。
イタリア国内で選抜された「ブルーチーム」は1957年に初優勝すると、その後1969年までの間に開催された世界チーム選手権大会全てでイタリアが優勝杯を手にします。

1968年に「ブルーチーム」に勝つことを目的にアメリカの実業家アイラ・コーンによって「ダラスエース(Dallas Aces)」というブリッジのプロチームが結成されます。
ついに1970年のストックホルム大会で初優勝します。

しかし、1970年の大会にブルーチームは出場しておらず、直接対決にはならなかったのです。
翌年の大会ではダラスエースが連覇を果たしますが、1972年、73年はブルーチームが王者に返り咲くなどし、アメリカとイタリアの激しい優勝争いが続いた1970年代となりました。

これは1970年のストックホルム大会のハンドです。
ここで登場するボブ・ハマンとボビー・ウルフは「ダラスエース」のメンバーです。


・両ルームでコントラクトと最初の3トリックの
 プレイは同じでした。
・アメリカチームに対するWは、
 ディクレアラーの♠Qを♠Kで勝ち、
・2枚のをエスタブリッシュさせるために、
 Kプレーしました。

Sのボビー・ウルフがのブレイクが悪いのに気づいたとき、フィネスのリスクを負わざるを得ませんでした。

・♠も♣と同じぐらい良いスートで、
 ボビーは♠のフィネスでコントラクトのメイクに
 苦労しませんでした。

別部屋では、ボブ・ハマンが、ディクレアラーがまだ知らない重要な情報、の5-1ブレイクを最大限に活用しました。
それは、ディクレアラーがをフィネスしなければならなくなること、です。

・ボブは、ではなく、♠4をリターンしました。

この段階でのフィネスをするのは全くの愚行です。
が全部取れる可能性が高く、フィネスを考える必要はありませんでした。

・そのため、♠Aが上がり、
 コントラクトはダウンしました。