1950年代後半〜、世界チーム選手権大会ではイタリアの「ブルーチーム」が覇権を握っていました。
イタリア国内で選抜された「ブルーチーム」は1957年に初優勝すると、その後1969年までの間に開催された世界チーム選手権大会全てでイタリアが優勝杯を手にします。 1968年に「ブルーチーム」に勝つことを目的にアメリカの実業家アイラ・コーンによって「ダラスエース(Dallas Aces)」というブリッジのプロチームが結成されます。 ついに1970年のストックホルム大会で初優勝します。 しかし、1970年の大会にブルーチームは出場しておらず、直接対決にはならなかったのです。 翌年の大会ではダラスエースが連覇を果たしますが、1972年、73年はブルーチームが王者に返り咲くなどし、アメリカとイタリアの激しい優勝争いが続いた1970年代となりました。 これは1970年のストックホルム大会のハンドです。 ここで登場するボブ・ハマンとボビー・ウルフは「ダラスエース」のメンバーです。 ![]() ・両ルームでコントラクトと最初の3トリックの プレイは同じでした。 ・アメリカチームに対するWは、 ディクレアラーの♠Qを♠Kで勝ち、 ・2枚の♥をエスタブリッシュさせるために、 ♥Kプレーしました。
Sのボビー・ウルフが♣のブレイクが悪いのに気づいたとき、♠フィネスのリスクを負わざるを得ませんでした。
・♠も♣と同じぐらい良いスートで、ボビーは♠のフィネスでコントラクトのメイクに 苦労しませんでした。
別部屋では、ボブ・ハマンが、ディクレアラーがまだ知らない重要な情報、♣の5-1ブレイクを最大限に活用しました。
・ボブは、♥ではなく、♠4をリターンしました。それは、ディクレアラーが♠をフィネスしなければならなくなること、です。
この段階で♠のフィネスをするのは全くの愚行です。
・そのため、♠Aが上がり、♣が全部取れる可能性が高く、フィネスを考える必要はありませんでした。 コントラクトはダウンしました。 |